田子學氏は大手家電メーカーでプロダクトデザイナーとして活動した後、センセーショナルなデビューで話題となったブランド「amadana(アマダナ)」のデザインマネジメントを担当。その後独立して設立した「MTDO inc.(エムテド)」で、幅広い産業分野のデザインマネジメントを手がける。そんな田子氏に、これまでの道のりを振り返っていただいた。
——インハウスデザイナーから家電ベンチャーを経て独立、現在デザインマネジメントの第一人者として活躍されています。独立までの経緯についてお聞かせください。
1990年代の半ばくらいから、家電メーカーのインハウスデザイナーに変化が訪れます。背景には家電市場がコモディティ化した結果、メーカーにとっては数は売れるが利益が取れない、消費者にとっては欲しいものがない、という悪循環に陥っていました。要はメーカーにとっては量販店など売る側の意見が最優先で、本当のお客さん、消費者を見ていなかった。
インハウスデザイナーというのは、企業社会の中では最もお客さんの立場に立てる位置にいると思うのですが、そうした状況に対して「これおかしいよね」と、自分たちに何かできないかと動きだしたわけです。メーカーの事業部も行き詰まり感があって、それをなんとか打破したいと、いろいろなメーカーでデザインプロジェクトが立ち上がりはじめた時期でした。
——そこから家電ベンチャー、「リアル・フリート(後のアマダナ)」のスピンオフですか?
突然そこでスピンオフしたわけではありません。私がいた会社(東芝)では、こうしたユーザー不在の作り手、売り手の悪しき膠着状態を打破するために、2つのプロジェクトを立ち上げたのですが、私は幸運にもその両方に携わらせてもらいました。
一つは、欧州最大の家電メーカー「エレクトロラックス」と提携して新しい家電作りをするというもので、担当としてスウェーデンへ派遣されました。これは後に「Electrolux by Toshiba」というブランドで製品が発表されることになりますが、私にとって、いまもってとても貴重な体験となっています。
最初に受けたブリーフィングで目から鱗だったのは、“モノづくりの根底にあるのは文化だ”ということと、自分たちの企業文化について徹底的に叩き込まれたことでした。機能や効率はもちろん大切ですが、人と生活様式、その地域の特性、つまり文化を常に見定めて新しいモノづくりをしている。当時すでにさまざまな製品のデザインを手がけていた自分を振り返ってみたとき、結局ユーザーのためと言いながら量販店などの声を吸い上げただけだったのではないか……? そう気づいたとき、とてもショックだったことをよく覚えています。
もう一つは、東芝オリジナルで従来の商流に乗らない新たな販路をゼロからつくることをベースに、いままでにない家電作りを、それもデザイナーが主体となって進めるというプロジェクトでした。当時のトップの鶴の一声でスタートしましたが、大企業ゆえの諸般の事情から結局計画は頓挫してしまいます。その後、プロジェクトに参加していた有志が独立して活動を続けたのがリアル・フリートというわけですが、最初の原石ともいえるプロジェクトは、東芝社内で生まれたものでした。
——東芝を退社され、リアル・フリートに参加されてからの活動は?
リアル・フリートでは家電ベンチャーとしてアマダナというブランドで製品を発表していったのですが、当初は“どこの馬の骨とも知れない会社”扱いでした。ただ、当時としてはデザインがかなり突き抜けていて、もともと大手家電メーカー出身者が作っているから品質もしっかりしている。そうやって徐々にブランドが認知されていくと、今度は大手も含めいろいろな業態の企業から一緒に何かやりませんかと依頼がくるわけです。
それはそれで喜ばしいことでしたが、まだ体制が整っていない状態で闇雲にコラボしてしまうと、芯がぶれてしまうという恐れがあって、オファーをお断りするケースが結構ありました。そこで、しばらくしてアマダナのブランドが確立され、組織体制もある程度固まってきたところで、独立してリアル・フリートでは受けられなかった依頼を拾い上げることにしたわけです。それがエムテドの生い立ちです。
フィロソフィーから最終の製品、サービスまで一気通貫にコントロールする
——そこから田子さんのデザインマネジメントという活動が始まったと?
デザインマネジメント自体はリアル・フリート時代からやっていました。それはフィロソフィーをプロダクトに落とし込むまでのすべてで、どう使わせたいかというユーザー・インターフェイスや、色や素材や質感などのトーン&マナーなど、いろいろな要素を定義づけ、最終の製品、サービスまで一気通貫でコントロールすることです。実際アマダナを作ったときも自分の部署はデザインマネジメント事業部という名前にしていました。
——エムテドとして活動を始められて、鳴海製陶の「OSORO」や三井化学の「MOLp(素材の魅力ラボ)」は、サクセスストーリーとして話題になりましたが、デザインマネジメントされるうえで共通する秘訣のようなものはありますか?
成果を急がずじっくり構えることですかね。人間の考え方や見方は一足飛びには変わりません。まずはお互いをよく知ることが大切で、石の上にも3年とはよく言ったもので、鳴海も三井も成果が出るまで3年かかっています。関わった人たちも3年くらいかけると開眼するというか、考え方もどんどん変わり、表情や、果ては服装まで変わってきます。
——最近手がけられたプロジェクトをお聞かせください。
「ベルニクス」という産業用電源メーカーの社長さんからお声がけいただいて始まったプロジェクトがあります。電源メーカーとは、一般にあまり知られていませんが、実はその技術と製品がないと日本のインフラが止まってしまうほど重要な役割を担っています。ただ中小企業が多く、どこも経営状態が厳しい。ベルニクスは独自の特許技術でかなり健闘していて、何か電源で新しいことができないかと、面白い悩みをもっていました。僕も東芝時代から電源にはとても関心があったので、どんな技術があるのかいろいろ探ってみると、いま最新で取り組もうとしているものにワイヤレス給電技術があるということから、現在「パワースポット」という新しい電源の在り方を提唱しています。
日本だからこそできるプロジェクトがある
ワイヤレス給電にはQi(チー)という国際標準規格があるのですが、現時点の規格が15W止まり。ところがベルニクスはそれ以前から50Wまで、しかも安全に充電可能という技術をもっている。やはり日本の技術とモノづくりは捨てたもんじゃないと改めて思いましたね。パワースポットは、基本ユニットのHOMEという円盤状の送電器の上に置くだけで給電できるというシステムで、いま飲料メーカーをはじめ、さまざまな業界から引き合いがあります。
もう一つ、これはベルニクスさんも参加しているプロジェクトですが、「トレジャーデータ株式会社」という会社と進めている取り組みがあります。プロジェクトの前提というかきっかけは、仕事もプライベートもこれからは「幸せの拡張」が絶対に必要になるという共通認識でした。
データリッチな世界になってどこにいても仕事ができるようになると、ワークライフバランスがよりきれいなバランスを取れる時代に突入するはずなのに、住宅とテックが全然つながっていない。データを収集・分析・編集して提供できるサービスまで盛り込めば住まう意味も視覚化できる。これは日本だからこそできることじゃないかというのが僕の考えでした。そこで昨年の「CEATEC(シーテック)」で発表したのが、モジュール型コネクテッド住宅「アウトポスト」です。
仕事と生活をシームレスに、コロナ禍でわかった新しいワークライフバランス
——コロナ禍により社会や人々の価値観が変化しつつあります。社会や私たち人間はこれからどう変わるのか、変わるべきか、お聞かせください。
僕はある意味、すごくポジティブに捉えています。自分は今回のコロナ禍以前から、これから暮らし全般が変わるだろう、と言ってきました。日本がこれからやろうとしている働き方改革……内閣府が目指すべき未来社会の姿として提唱した「Society 5.0(ソサエテイ 5.0)」は、今までの働き方では絶対に実現できない。これからデータリッチになって、5Gやそれ以降の移動通信システムになっていくと、どこにいようが通信さえあれば自分のパフォーマンスが出せるし、むしろそういう場所で仕事をしたほうが圧倒的にいいことがある。先ほど紹介したアウトポストは、まさにそういう環境を考えたプロジェクトです。
——現在こちらが仕事場ということですが、日常的なワークスタイルについてお聞かせください。
以前は東京に事務所があって、ちょっと手狭になってきたなと思ったとき、はたと気づいたのです。「仕事をしに行く」という感覚自体おかしくないかと。そうではなくて、仕事をしているところが仕事場=オフィスではないか。もともと仕事と生活はシームレスだったはずで、その関係性を実践してみようと考えて5年前こちらをベースにしました。
もう20年以上も前になりますが、仕事でスウェーデンに何度か通っていたとき、彼の地ではすでにホフィス(hoffice/ホームとオフィスを掛け合わせた造語)が実践されていて、最高のワークスタイルだなと思っていました。ただ最初は、いろいろ言われましたよ。なんで都心からこんなところまで……とか。でも一度来たら来たで、次回もこっちにしましょうと。年に何回かは友人、仕事仲間を招いてホフィス・パーティをやっています。場合によってはビジネスパートナーと夜まで仕事をして、泊まってもらうこともあります。
——そういう日常生活の中で田子さんが考えられる豊かな暮らしとはどのようなものでしょうか?
独立してから子どもができたこともあって、子どもは小さい頃から僕たちの仕事を見ています。東京に仕事場があったときも遊びに来ていましたが、今はこちらがベースになっているのでさらにいつもそばにいる。だけど、これってもう誰でもできることがわかりましたよね。今回のコロナ禍によるリモートワークで多くの人がそれを経験したし、オンライン会議で後ろを子どもが横切ったりするのを目にしたはずです。僕はこれが本来の姿だと思うのです。海外のお宅とか見ていても普通に家で仕事しているし、子どもも仕事の現場に平気で入ってくる。もちろん住宅事情が違うので一概に比較できませんが、僕はこういうスタイルを皆さんが実践していけば、もっと豊かな暮らしを自ら掘り下げることができるし、いろんな提案ができるのではないかと思っています。
profile
東京造形大学II類デザインマネジメント卒。東芝デザインセンター、株式会社リアル・フリート(現amadana)を経て2008年、MTDO inc.(株式会社エムテド)設立。企業や組織デザインとイノベーションの研究を通し、幅広い産業分野においてコンセプトメイキングからプロダクトアウトまでをトータルにデザインする「デザインマネジメント」を実践する。GOOD DESIGN AWARD、Red Dot Design Award、iF Design Award、International Design Excellence Awardsなど世界のデザイン賞受賞作品多数。著書に『デザインマネジメント』『突き抜けるデザインマネジメント』(いずれも日経BP)など。
▶︎https://www.mtdo-ch.com
今回訪問しました田子學さんの自宅兼オフィスについて、こちらの記事でもご紹介しています。
『暮らし再発見マガジン “のくらし”』お宅拝見「家族の時間と仕事の時間」(2016年取材/撮影)
▶︎https://nokurashi.rebita.co.jp/ownersvoice/vol45?_ga=2.187750568.1279268680.1590648209-824844281.1590648209