藤本壮介が設計したユニークな新館
東京の神楽坂・飯田橋エリアの外堀通りから道を1本入り、急な坂のふもとに外観を現す「東京日仏学院」(1951年竣工、設計:坂倉準三。過去記事参照)。水平線が強調された白い外観の建物は、緑豊かな庭園の左手に佇んでいる。そして新たに日仏の文化交流施設として、この庭園を囲むように建てられたのが、再整備事業の一環として国際公募を通じて選定された新館である。2021年に竣工した新館の設計は、フランスのパリにも事務所を構えて世界的に活躍する藤本壮介氏が手掛けた。「ヴィレッジ・アズ・アンスティチュ(Village as Institute)」(フランスの村)というコンセプトのもと、小屋のようなシルエットで並ぶ建物が、中庭に面してめぐる幅広の外部通路や緩やかな階段でつながれている。

ユニークな建築が果たしている役割、また街とのつながりについて語っていただいたのはジェレミー・オプリテスコ院長である。オプリテスコ氏はフランスの外務省に25年間勤める外交官で、フランスと他の国との文化における外交を専門としている。アジアを含めた諸国に駐在した後、日本には初めての駐在。2024年10月に東京日仏学院の院長に就任した。藤本壮介氏とは、2015年にパリで開催されていた国際コンテンポラリーアートフェア-FIAC(Foire lnternationale d’Art Contemporain)のインスタレーションなどで関わりがあったという。
「藤本壮介氏が設計した新しい建物について語る機会を得られて、大変うれしく思います。この新館は、東京日仏学院にプラスアルファの価値を与える、非常に重要な建築となっています」とオプリテスコ氏は述べる。「日本とフランスの文化ネットワークは、しっかりと構築されてきました。東京日仏学院は大きな役割を果たしており、新しい建物ができてからは文化交流がさらに深まっています」

フランスの村を彷彿とさせる建物の佇まいと構成
オプリテスコ氏は新館を必要とした背景と条件について、「もともとはフランス語教育を行うための教室の数が足りなくなっていたため、教室の数を増やすという目的がありました」と語る。新館の要件として、既にある建物との調和が求められたという。
この点で、オプリテスコ氏は新館の佇まいについて話してくれた。「私は藤本氏がすばらしい選択をしていると思います。新館を設計した藤本氏と、旧館を設計した坂倉氏とでは、インスピレーションの源が共通してル・コルビュジエにあることが感じられます。両者ともにシンプルなフォルムで、大きなガラス窓があります。モダンな建物でありながら、ラインや階段、動線が複雑に入り組むつくり方をしています。同じファミリーの建築であり、両者が調和した作品になっていると思います」

藤本氏は、新館を「Village as Institute(ヴィレッジ・アズ・アンスティチュ)」と呼ぶ。三角屋根を抱く教室、ホール、レストランなどが階段やテラス、通路によってつながり、「Village=村」の雰囲気をつくり出している。「私は、このビジョンは南フランスの村に通じるものがあると見ています。小高い丘に家が立ち並び、家やテラスが小さな道でつながる。そのようなつくり方がここに再現されているのですね」とオプリテスコ氏。
続けて、オプリテスコ氏はそれぞれの要素の構成について解説する。「14の教室が追加され、1200㎡ほど面積が増えました。一般的な校舎では同じ大きさの教室が並び、廊下でつながれています。しかしこの建物では教室の大きさがそれぞれ異なり、教室同士は屋外の通路で緩やかにつなげられています。白い教室の中には光がふんだんに入ってきて明るく、設備も充実していて、快適に学べる環境が提供されています。フランスの村の多くは中心に広場があって、広場に面してレストランや教会、市民館、図書館があるのですが、そうした構成が、まさにここに生かされています。東京日仏学院は語学学校だけではありません。2024年には、フランス料理界で伝説的シェフと称されるベルナール・ロワゾーのグループが、レストランを出店しました。そして中庭を囲む旧館にはオフィス、映画館、メディアテーク、本屋、ギャラリーがあります。ここに来れば楽しいことがたくさんあって、フランス人に会える。そうした全体を完成させているのが、新館だと思います」
プライベートでありオープンな庭園
新旧の建築をつなぎ、同時に2つの建築を対比させているのが、緑豊かな庭園である。この庭の役割について、オプリテスコ氏は次のように見る。「藤本氏と坂倉氏、2人の建築家はどちらも庭園を重視した計画をしました。庭は緑があるというだけでなく、自由や遊びの感覚をもたらしています。勉強の合間に散歩したり、文化的な体験をする場にもなっているのです。レストランのテラスでは一杯飲んだり、ランチをしたりお茶を飲んだりと、すばらしい時間を過ごせます。言語を学ぶには、こうした活動は重要だと思います。クリエーションの場であり、リラックスの場でもあって、非常にユニークな存在であるのがこの庭園です。東京の真ん中にあるこの風景は、東京という大都市に呼吸を与えているかのようです」

東京日仏学院では、以前から庭のスペースを利用して写真展や彫刻展を催したり、音楽祭を開いたり、「パリ祭」と名付けて7月14日の革命記念日を祝ったりしてきた。この庭園は、東京日仏学院の活動に欠かせない舞台となっている。そしてオプリテスコ氏は、庭園のある空間全体の雰囲気をとても気に入っているという。
「この庭を散歩していても、大きな木があるので、他の人からの視線や周りを囲む建物のことが気になりません。そして、この庭は散歩しながら人と出会う場でもあります。プライベートな空間でありながらオープンでもある。この場所は泡のように閉じられた空間で、安心感のある心地よさを感じるとともに、誰でも入ってくることができ、プライベートと自由さが良いバランスで共存しています」

開校当時から続く文化交流の場の使命を受け継ぐ
オプリテスコ氏は、次のように振り返る。「東京日仏学院は開設時から、フランス語を学ぶ学校であるとともに、一般の方がフランスの文化になじむことができる文化センターでもあります。映画を見ることもできるし、メディアテークで本を読んでビデオを見ることもできるし、展覧会や講演会も開催します。そうした意味で、非常に長い間、フランスと日本の文化の出合いの場をつくってきて、多くの文化が共有されてきた場所です」

交流の歴史を継承し、オプリテスコ氏は文化活動を引き続き行うことの意義を語る。「今の時代は、SNSやインターネットでいろんな情報を得ることができます。だからこそ、会いたい人のもとに実際に足を運び、協力し合う重要性が増しているのではないかと思っています。それで、アーティストたちとの交流やパートナーシップなども私たちは重視しています。たとえば旧館に入っている書店は、フランス語の書籍を販売する書店と協力しています。映画も「マーメイドフィルム」というヨーロッパ映画を中心とした配給会社と協働していますし、ギャラリーではフランスのアーティストの作品を紹介しています。フランス文化に精通する人にも、そうでない人にも足を何度も運んでいただき、継続的に見ていただけるような文化活動をしていきたい。さらに両文化の橋渡しをして貢献するようなパートナーシップの活動を、さらにしていきたいと思っています」
さらにオプリテスコ氏は、建築を利用するアイデアを具体的にイメージしている。「藤本氏の建築についても、学習だけでなく文化的な活動で利用することを考えています。そのひとつは『アール・ド・ビーブル(Art de Vivre)』という、生活スタイルをテーマにしたアートのフェスティバルです。たとえば教室ごとに別々のブランドが、自分たちの生活スタイルに関わる展示やインスタレーションをすることが考えられます。もうひとつは、音楽フェスティバルですね。30年ほど前からフランスでは街路や学校などの空間を使い、さまざまな人が演奏するフェスティバルが開催されています。日本とフランスのミュージシャンたちを呼んできて、彼らの演奏を鑑賞できる場です。インフォーマルな感じで、ギターを弾く人がいればバイオリンを弾く人もいて、クラリネットを演奏する人がいれば、別の部屋ではアカペラが聴けるような、そんな催しです」

新館がオープンして3年半ほど経った今、周辺の街の人々の反応はどのようなものだろう。オプリテスコ氏は、2つの点があると語る。「街に溶け込み、地域の住民が思い思いに訪れ、憩いの場として過ごしているようです。もうひとつは、今年の初めに新年会を催したときに、周辺の自治会の方を少しお呼びしたところ『建物を見学し、スタッフと話ができてうれしい』と言ってくださった。こうした身近な交流は大切だなと思い、自治会長さんには『機会があるごとに会いましょう』と伝えています。また近所の方々に来ていただけるようなイベントを考えていきたいですね。さまざまなかたちで地域と交流するミッションも私たちは持っていると思うので、活動に加えていきたいと思います」
そしてオプリテスコ氏は、若い世代へと文化を受け継ぐことを想定している。「近隣の学校が東京日仏学院を見学したいということであれば積極的にお見せしたいと思っていますし、実際に学生の方々を教室でお迎えしています。特に子どもや若者たちには、この建築を見てもらいたいと願っています。せっかくすばらしい建築家による校舎があり、街の資産になっているのですから。この場所でプチ旅行をし、フランスの文化に触れていただければと思います」
脈々と受け継がれてきた日仏の文化交流を、新館とともに完成した“プライベートでありオープンな場”を通して、次代に伝える。東京日仏学院は、新旧の名建築と情熱とともに新たな物語を紡いでいる。
取材協力
東京日仏学院
▶︎https://institutfrancais.jp/tokyo/
Information
<近日開催予定のイベント>
3月7日(金)~9日(日)映画上映会『フランス映画入門』
映画研究者、映画批評家によるトークとともに、新たな光のもとで、選りすぐりの作品を鑑賞できる。
3月16日(日)フランコフォニーのお祭り&フランス語オープンデー
ベルギー・ワロン地方やカナダ・ケベック州など、総勢19のフランス語圏の各大使館、地方政府代表部の協力のもと、フランコフォニー(フランス語話者)のお祭りを開催。アート、音楽、映画、郷土料理、フランス語に関するドキュメンタリーの上映や、フランス語に親しんでいただけるワークショップに加え、春学期フランス語講座のフランス語無料体験レッスンを受講できる。
3月19日(水)~4月11日(金)ファビアン・ヴェルシェールによる展覧会『Theatrical Undersurface』
3月21日(金)~30日(日)映画上映会『レオス・カラックス特集』
4月14日(月)『フランス美食の世界 ~ユネスコ登録15周年の軌跡~』
5月30日 (金)フェスティバル『哲学の夕べ 2025+AGIR POUR LE VIVANT』