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遠山正道×鈴木芳雄 連載「今日もアートの話をしよう」vol.24(後編)「部屋のみる夢 ― ボナールからティルマンス、現代の作家まで」(ポーラ美術館)髙田安規子・政子
今日もアートの話をしよう

遠山正道×鈴木芳雄 連載「今日もアートの話をしよう」vol.24(後編)「部屋のみる夢 ― ボナールからティルマンス、現代の作家まで」(ポーラ美術館)髙田安規子・政子

部屋の内外をつなぐ役割をもつ「窓」と「ドア」に着目し、物理的、心理的な意味のアプローチを試みた姉妹作家と語る

「Soup Stock Tokyo」を立ち上げた、実業家にしてアーティスト活動も行う遠山正道氏と、美術ジャーナリスト・編集者であり、長年雑誌『BRUTUS』で副編集長を務め「フクヘン。」の愛称を持つ鈴木芳雄氏が、アートや旅、本や生活について語る「今日もアートの話をしよう」。24回目は、現在、ポーラ美術館で開催中の「部屋のみる夢 - ボナールからティルマンス、現代の作家まで」展へ。19世紀から現代に至るまでの作家9組50作品を紹介する展覧会から、佐藤翠+守山友一朗両氏、髙田安規子・政子姉妹の2組とお会いして、創作の背景や、今回の展についての思いなどをインタビュー。後編は髙田安規子・政子姉妹。

Edit & Text by Hitori Publishing
Photographs by Kayo Takashima

コロナ禍を経て「何を開いて、何を閉じたままにするか」という問いかけ

鈴木:ポーラ美術館で開催中の「部屋のみる夢―ボナールからティルマンス、現代の作家まで」。ほんとに楽しい。素晴らしい「部屋」の数々ですね。ベルト・モリゾ、ヴィルヘルム・ハマスホイ、ピエール・ボナール、エドゥアール・ヴュイヤール……。

遠山:そして、アンリ・マティス、草間彌生、ヴォルフガング・ティルマンス、前編でインタビューさせていただいた佐藤翠+守山友一朗……。

鈴木:そして、こちらの髙田安規子・政子姉妹。双子のアーティストユニットで、身近なものや日常風景のスケールを操作し、大きさの尺度や時間感覚における私たちの認識を問い直す作品を発表し続けています。

姉の髙田政子氏
妹の髙田安規子氏

髙田安規子(以下、安規子):よろしくお願いします。

髙田政子(以下、政子):鈴木さんには、今までもいろいろと観ていただいていますよね。

鈴木:そうそう。髙田姉妹の最初の衝撃は……やっぱり“トランプ”かな。2011年の。

ペルシャ絨毯の様相と造りでトランプに刺繍を施した作品群より。54枚の一枚一枚デザインの異なるトランプの裏面が描かれている。写真左が裏面、右が表面。トランプの本来の意味は「切り札」。その数字やマークを裏側に隠す模様が、ミニアチュールさながらの緻密さで表現されている。《切札 Trump card》2011年 ※今回の展覧会には出展されていません

鈴木:2021年に金沢21世紀美術館の「日常のあわい」展では、サイズの異なる椅子のグラデーションを提示されていました。そして、今回は鍵のグラデーション。

安規子:金沢では、その椅子作品をはじめ、室内に見立てた展示室に作品を配置し、コロナ禍で外出できない閉塞感を暗示しつつも、「日常と非日常のあわい(間)」にあるグラデーションや、物理的に離れていても外の世界とのつながりを感じさせるような空間をつくりだす、そんな試みをしました。

政子:今回の「部屋のみる夢」では、部屋を構成する普遍的な要素である窓や扉をモチーフとしました。いわゆるステイホーム以降、リモートにおけるコミュニケーションにより変容してきたパブリックとプライベートの境界を問うものとしました。

安規子:何を開放して、何を閉鎖したままにするのか。マスクや海外渡航、日常の振る舞いや行動も。そうした状況を、開閉する動作をともなう「鍵」に置き換えて、作品に表しています。

《Open/Closed》2023年 古今東西のドア、1/12スケールのドア、鍵と鍵穴プレートが集められ、パブリックとプライベートの境界、その開閉を問うグラデーションに。©Akiko & Masako Takada

遠山:いろんな形状の鍵や錠。そして、大きさと高さがグラデーションに配されています。これらはどのような意図で、集め、ここに配されているものなんでしょう?

政子:すべて自分たちで集めたもので、アンティーク、ヴィンテージ、レプリカ、ひとつとして同じものはありません。大きさが違うのは、様々な用途を想像できるようにしました。抽斗や小物入れの鍵、というように。高さが違うのは、身体条件が異なるそれぞれの人が、それぞれの想像をできるようにと。

鈴木:金沢の「日常のあわい」展でも、すべてデザインと大きさの違う椅子を集めて、スケール順に並べられていました。あのときも現物をひとつずつ集められていましたね。

安規子:そうですね。フリマアプリやオークションサイトなども駆使しながら。今回は、鍵穴も、取手も、鍵もすべてそれぞれに探してきて。

政子:細工もして、セットになるようにつくっています。単純に鍵のスケールだけでなく、空間そのものが拡大、縮小していくように感じる流れを鑑賞者に体感してほしいと思っています。

遠山:かなりコンプチュアルで、細かい作業の連続でもあると思うんですが、おふたりで一緒に進められるんですか?

安規子:そうですね。ときに激しく揉めながら(笑)。

政子:互いに言いたいことはありますしね。なにより、家族だから言いたいことを言い合えるんです。そういう意味では、妥協せずに作品づくりができているのではないかと思います。

鑑賞者を立ち止まらせるために

鈴木:一卵性双生児のアーティストユニットって、ほかにいるのかな。

安規子:イギリスだと、やはり一卵性双生児で、写真や動画のインスタレーション作品を発表しているジェーン・アンド・ルイズ・ウィルソン姉妹がいます。

遠山:おふたりはイギリスでも学ばれたんですよね。

安規子:そうですね。ロンドンに行く前は、日本でそれぞれ違う美大に通っていました。私は日本では彫刻学科に通っていて、いわゆるアカデミックな教育で、技術的なことを学んでいました。

政子:私は、芸術学を学んでいたのですが、安規子のほうから、双子であることをテーマにしながら制作を一緒にしたいと。それで卒業を機に、ロンドンへ留学することになりました。

遠山:日本とイギリスでは、指導にどういった違いを感じましたか?

安規子:ふたりともロンドン大学スレード校の彫刻専攻に所属していたのですが、「鑑賞者をいかに立ち止まらせるか」ということを重視しなさいと。

遠山:そこはやはり、観賞者がいるからこそ、アートは成立するんだということですか?

政子:そうですね。そのことを「強く意識しなさい」と言われました。

遠山:へえー。そうなんだ!

安規子:そういった学びを経て、私たちも、客観的な視点をもってつくらなくてはいけないと強く思っています。アイデアはお互いに出し合い、ふたりで小さなコンペでもやっているような気持ちで、ひとつの作品づくりの役割やパートを決めたりもします。互いに制作過程のなかでダメ出しすることもあります。

政子:作品のコンセプトについてふたりで相当な議論になることもあるのですが、客観的な視点で制作するよう心がけています。私達二人の視点だけでなく、広く社会的な他者の視点も捉えられたらと思っています。それは、観賞者を意識しなくてはダメだ、というロンドンで受けた教えによるところがやはり大きいと思います。

遠山:観賞者ありき、というのはいいですね。

鈴木:前編でも、この話になりましたが……日本の美大の教育は、ときとして職人づくりのようになってしまいがち。ショウマンでなく、アルティザン。海外で学んだアーティストが日本に帰ってきて、傍流に位置してしまうなんてこともありますね。

遠山:もっとも、観賞者にあまりに寄り過ぎると、エンタメになってしまうことも。

政子:そうですね。私たちの作品には小さいものが多いので、ときとして「カワイイ」と受け止められてしまう。そちらに寄っているわけではないけれど、作品に対して女性の支持が多いのもまた事実です。

鈴木:同じ小さいでも、東京都現代美術館の作例などは、また違った感動を観賞者にもたらしているのではないですか。

東京都現代美術館敷地内に観ることのできる髙田姉妹の作品。2014年と2019年の二期に分けて、同館敷地内の4箇所で制作。写真は2019年に、入口付近の石組壁につくられたもの。《修復》2019年、ミクストメディア

政子:美術館の敷地内の石組のプロムナードやスケールダウンしたパーツで修復を加えています。つくったばかりの頃は、同じ素材を使ってもはっきりと目立っていたんですけど。

安規子:先日観に行くと、すっかり他の部分と馴染んでしまっていて。自分たちでも、すぐに見つけられなかった(笑)

鈴木:これこそ、見つけることができた人は思わず「?!」と立ち止まってしまう作品ですね。横須賀美術館や川崎市市民ミュージアムで同様の作品を制作されていますね。

遠山:川崎市市民ミュージアムといえば、2020年の台風時の浸水被害から復旧が待たれるところですね。私も災害以前に現代アートの作家作品を寄贈したことがあり、引き続きサポートを試みています。

安規子:先日うかがった時は、収蔵品の修復が行われていました。引き続き「修復」の作品が同館の床にあるんですが、なんとか保存していきたいと思っています。

空間そのものを使って「境界とスケール」を表現したい

鈴木:今回の展覧会の、もうひとつの作品を拝見しましょう。これはなんとも、可愛らしい窓の連続なんだけど、髙田姉妹らしい衝撃が、じわっときます。

《Inside-out/Outside-in》2022年。

遠山:じっと眺めていたら、ひとつひとつの窓の向こうに実際の箱根の景色が見えることに気づいて、ほんとの窓なんだと気づく。最初はわからない。最初から大きな窓なら、観賞者にそういった時間のプロセスは与えられない。

鈴木:今日は雪だから(注※取材は2023年1月に実施)、ひとつひとつの窓の向こうに箱根の自然を雪が彩る景色が覗いています。

遠山:そして、ひとつひとつに小さな照明が設えられていて、風景や窓の意匠と相まって、柔らかな眺めに。時間とともに、観る人間の印象が移ろうこの感じも、たまりません。

安規子:今回は「部屋のみる夢」という展覧会ですが、部屋を描いた大作、名作はいろいろありますよね。私たちは部屋の構造としての内と外、プライベートとパブリック、これらの境界の役割を示す窓とドアという建具に着目しようと考えました。

政子:コロナ禍でリモ―トで打ち合わせするとなると、プライベートにもパブリックが入ってきて境界が曖昧に感じました。そして、外出する機会が減り、内と外の違いを意識した期間でもありました。そういった思いを作品として表したいと。

鈴木:窓の向こうにはどんな部屋があるんだろうと、思わず覗き込むと、小さな明かりの向こうに箱根の自然が見える。

遠山:そこで内と外の関係が反転するんですよね。そういった時間のわずかな経過によってもたらされる感動がいい。

安規子:配置された窓は、外観なので、部屋の中を覗いてみると外の景色が見え、内と外が反転する仕掛けなんです。

鈴木:違う時間帯や違う季節に訪れると、さらに異なる感動があるわけですよね、きっと。

政子:窓の中にある部屋は、絵画の中の部屋を想像してもらってもいいし、自分の部屋を想像してもいいし。自由に想像してもらえたらと思っています。

安規子:さきほどお話いただいた《修復》のシリーズもそうですが、私たちは建築に干渉するような作品をつくってきています。ポーラ美術館のこの展示室は、大窓とその向こうの自然風景が印象的なスペース。展示室の特徴を、私たちの作品に取り入れたいと思ったんです。

隣のヴィルヘルム・ハマスホイの「部屋」間の壁に設えられた窓から臨む髙田姉妹の《Inside-out/Outside-in》。同展の会場構成を手掛けたのは吉野弘氏(吉野弘建築設計事務所)。

遠山:小さい世界だからこそ想像をかきたてる、ということがある。こんなに大きな空間を、小さなもので制覇する、見事です。

安規子:小さいものでも数があると、大きなものになる。スケールは素粒子から宇宙まで、微細なものから巨大なものへと繋がる思考。そうしたスケールの幅のあるものをつくっていきたいといつも思っているんです。だから、時間の経過を取り入れて、奥行きをもたせたいなと。

鈴木:小さな世界に見入っているうちに、全体を観ることに繋がっていく。そういうふうに気づく瞬間が巧みに仕込まれています。

安規子:そうですね。驚きみたいなものが、常に自分たちの作品にはあってほしい。私たちの作品は、ある一面や細部だけを見てもらうのでなく、立体や空間を身体で経験することを前提としています。
それがロンドン大学の彫刻科で学んだことです。この志向が、立体のみならずインスタレーション作品にも反映されているのかなと思います。

鈴木:それは単に、大きいとか小さいとかという問題ではありませんね。

安規子:あくまで私たちが伝えたいテーマは「スケール」という概念。そのなかで、空間を使った作品であったり、鑑賞者の経験となる作品の制作にずっと挑戦しています。

鈴木:おふたりにはこれからさらに、国内外からいろんなリクエストが来ると思います。個人的には、また新しい衝撃に出会うことを楽しみにしています。

同展のピエール・ボナールの「部屋」にて。《地中海の庭》1917-1918年 ポーラ美術館
同展のヴィルヘルム・ハマスホイの「部屋」にて。《ピアノを弾く妻イーダのいる室内》1910年 国立西洋美術館

展覧会Information

「部屋のみる夢―ボナールからティルマンス、現代の作家まで」
会場:ポーラ美術館
会期:〜2023年7月2日(日)
無休(臨時休館の場合あり)
開館時間:9:00-17:00(最終入館16:30)
▶︎https://www.polamuseum.or.jp/exhibition/20230128c01/

profile

髙田安規子・政子

1978年、東京都に生まれ。2001年、多摩美術大学美術学部彫刻学科卒業(安規子/右)、東京造形大学 美術学部比較造形学科卒業(政子/左)ののち、ともに2005年 ロンドン大学スレード校美術学部に学ぶ。 同校修士課程修了後、一卵性双生児のアーティストユニットとして活動を開始。スケールを操作しながら身近な物や環境を変容させ、現実感を残しながらもまるでファンタジーのような世界を、立体、写真、サイトスペシフィック等、さまざまな媒体を駆使して表現している。一般的な価値や尺度を快く揺さぶる視点は、国内外で多くの支持を集めている。主な展示に、2022年「Going down the rabbit hole」MA2 Gallery、2021年「日常のあわい」金沢21世紀美術館、2019年「縮小/拡大する美術 センス・オブ・スケール」横須賀美術館、2018年「Through the looking glass」Cob Gallery、 2017年「装飾は流転する」東京都庭園美術館など。

profile

遠山正道

1962年東京生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、85年三菱商事株式会社入社。2000年三菱商事株式会社初の社内ベンチャーとして株式会社スマイルズを設立。08年2月MBOにて同社の100%株式を取得。現在、Soup Stock Tokyoのほか、ネクタイブランドgiraffe、セレクトリサイクルショップPASS THE BATON等を展開。NYや東京・青山などで絵の個展を開催するなど、アーティストとしても活動するほか、スマイルズも作家として芸術祭に参加、瀬戸内国際芸術祭2016では「檸檬ホテル」を出品した。18年クリエイティブ集団「PARTY」とともにアートの新事業The Chain Museumを設立。19年には新たなコミュニティ「新種のimmigrations」を立ち上げ、ヒルサイドテラスに「代官山のスタジオ」を設けた。

▶︎http://www.smiles.co.jp/
▶︎https://t-c-m.art/

profile

鈴木芳雄

1958年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。82年、マガジンハウス入社。ポパイ、アンアン、リラックス編集部などを経て、ブルータス副編集長を約10年間務めた。担当した特集に「奈良美智、村上隆は世界言語だ!」「杉本博司を知っていますか?」「若冲を見たか?」「国宝って何?」「緊急特集 井上雄彦」など。現在は雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がけている。美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。共編著に『村上隆のスーパーフラット・コレクション』『光琳ART 光琳と現代美術』『チームラボって、何者?』など。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。

▶︎https://twitter.com/fukuhen

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