城南五山のひとつ〝八ツ山″
東海道新幹線含め、JR5線、私鉄1線が乗り入れる巨大なターミナル駅・品川。高輪口を出て線路沿いに歩くと程なく風格あるヴィンテージマンションが見えてくる。エントランスを入ると、レッドカーペットの敷かれたメインロビーの大きなガラス越しに日本庭園が広がり、まるで高級ホテルのような佇まい。
ここは、江戸時代より城南五山(じょうなんござん)と呼ばれる東京・城南地区にある高台のひとつ、八ツ山にある。城南五山は目黒駅から品川駅にかけての地域で、他に池田山、御殿山、島津山、花房山を示す。それぞれ由緒ある大名屋敷や諸侯出身の邸宅があったことが命名の由来で、古くから高級住宅街として知られ、今も変わらぬブランドエリアとなっている。いずれも山手線の内側という好立地にありながら一歩奥へ入ると、駅周辺の喧騒とは異なる落ち着いた住宅街が広がる。
八ツ山には、かつては岩崎家別邸で、現在は三菱グループの施設となっている開東閣がある(一般非公開)。1908年にイギリスの建築家・ジョサイア・コンドルにより設計された邸宅は重厚な洋風建築で、敷地を取り囲む広大な森には静けさが広がる。その開東閣の近くにこのマンションが建てられたのは約40年前。敷地内には高層棟と低層棟の2棟が並んでいる。
Aさんご夫妻が最初にこのマンションに入居したのは、竣工まもなくのこと。最初は高層棟の6階に住み、その後高層棟の1階へ、そして今から半年前に現在の低層棟1階へ移った。
「実は当時、ここを見に来る以前に、別の地域にある同じシリーズのマンションを見る機会があったんです。素材を含めつくりがしっかりしていて素晴らしいなと感じました。とても住みやすそうで、実際の暮らしが具体的に思い描けたというか。それから品川にもできたことを知り、最初は高層棟の6階へ。そちらも住みやすかったのですが、子どもたちが独立し、私たち夫婦だけになったこともあり、より落ち着ける空間を求めて、敷地のなかで一番奥まっている住戸への住み替えを決めました。このところ夫は音が聞き取りにくくなっていることもあって、第一に静けさが必要でした」とAさんの奥さま。
比較的ゲートに近い高層棟に対して、低層棟は大通りから離れた位置にある。リビングは共有の池、寝室は専用の庭に面し、ともすると都心にいることを忘れてしまいそうな、長閑(のどか)な雰囲気が漂う。部屋を移ったことで、広さも100㎡から200㎡と2倍の面積になった。
「朝起きて窓から池をのぞくと、大きな鯉がゆったりと泳いでいる姿が目に入り、とても和みます。池に陽が反射すると、リビングの天井にキラキラと光の波紋ができたりして、それもまた美しいんです」とAさんは言う。
ご主人はすでに退職され、独立した二人のお嬢さんはそれぞれ都内と近県に暮らしているが、いつでも滞在できるよう、各部屋が用意されている。このマンションでは、日中はコンシェルジュが常駐しており、夜間警備もしっかりしているため、セキュリティ面でも不安は感じないという。
「やはり以前に比べて、夫婦とも家で過ごす時間が多くなりました。だからこそ心が落ち着く、ゆとりある空間は必要でした。夫はリビングで本や新聞を読んで過ごすのが最良の時間のようですし、私は書斎で仕事や調べものをするのが好きです。もちろん一緒にリビングで過ごすことも多いですが、それぞれ気に入った場所で何かに没頭する時間も大切にしていて、それをこの住まいが可能にしてくれています」
愛着のある家具たちをそのままに
旅行が好きで、昨年も大好きなイタリアへ行ってきたというAさんご夫妻。ここ数年は旅先で撮影した写真を、その都度、写真集のように製本して一冊にまとめている。
「子どもたちが小さい頃は週末ごとに旅行に出掛けていましたし、コロナ前は年に一度ほどは家族や夫婦で海外旅行にも行っていました。特にイタリアには夫婦で夢中になりました。夫は今もイタリア語の勉強を継続中です。私はイタリアの家具をはじめ、インテリアに関心があります。ここの設えは以前の部屋のものをほとんどそのまま使っていて愛着のあるものばかりです。部屋が大きくなったので、無理な断捨離をする必要がなかったのがありがたかったですね。本など細かいものはかなり整理しましたが、それぞれの家具が居場所を得て落ち着いてくれている様子に嬉しさを感じています」
ヨーロピアンクラシック調の趣ある良質な家具は、アンティークではなく、日本にある行きつけのセレクトショップで集めたものとのこと。リビングの大きな木製キャビネットだけは造り付けだが、他の調度品とも馴染み、程よくバランスが取れている。重厚とも言えるそれらの家具を受け止めるだけの広さと落ち着きが、この部屋にあることでひとつの調和が生まれていると納得がいく。
季節の移ろいを感じさせる専用庭
「まだこれから整えたいところはあります」と話すAさん。「よく長女が敷地内にあるテニスコートに練習をしに来るのですが、娘たちの部屋はまだがらんとしていて、完成途中という感じです。もっとも彼女たちの好みもあるので、それも取り入れながらですが。でも二人ともこの部屋は気に入っているようですよ。広くていいんじゃないって、あっさりはしていますけど(笑)」
お嬢さんたちに用意された部屋もそれぞれ池に面し、南向きの窓からは明るい光が射し込む。まるでホテルか別荘に滞在しているような心持ちになるのは、静謐であることと同時に、窓越しに映る庭園の様子が開放的で、清々しいことによるのだろう。
「主寝室は少し特徴的で、上階がなく、そこだけ独立した戸建てのようになっているんです。そのため外気の影響を受けやすく、夏は暑く、冬は少し寒いのですが、季節を感じるという点では一番ですね。窓を開けると専用の庭が続いていて、季節ごとにいろいろな植物が花を咲かせ、実をつけ、鳥もやってきます。春は芽吹き、秋は紅葉が鮮やかですし、ザクロ、梅、夏みかんといった果樹が多いのも楽しみのひとつです。そろそろと風が動くように季節の移り変わりを感じたり、風情がありますね」
現役時代は一線で働いていたご主人と、仕事を続けながら二人のお子さんを育てた奥さまが、いまこうして穏やかで、豊かな時を過ごすための最良の住まいに出会ったことは、何物にも代えがたく幸いなことである。
東京で暮らす醍醐味を味わいながら
「閑静な」としばしば形容される住宅街は方々にあるが、忘れてはならないのが、ここが品川駅から徒歩数分という抜群のアクセスを持ち、周辺には高層ビルや複合商業ビルが建ち、幹線道路も走り、多くの学校や施設がひしめく地域であること。徒歩圏内には紀ノ国屋アントレルミネ、京急ストア、マルエツといったショッピング施設も複数ある。こうした利便性の高い場所にありながら、喧騒や雑音から遠ざかっていられる空間に住むことこそ、東京で豊かに暮らすことの醍醐味かもしれないと気づかされる。
「坂の上のあたりにあるレストランが好きで、たまに二人で出かけます。少し離れたところへ車で食事に行くこともありますよ。このところは駅周辺の再開発が進んでいるようですが、どんなお店が入るのか楽しみにしています」
以前、スペインを旅したとき、行く先々で遭遇したイタリア人夫婦と友人になり、彼らの住まいのあるボローニャへ招かれて遊びに行ったこともあるという社交的なAさんご夫妻。そんなお二人の、都市生活の魅力を十分に堪能しながら、好奇心を持って日々を過ごす姿に、豊かな暮らしの理想形を見たような気がする。今後も外国旅行で刺激を受け、人生を楽しみながらも、静かなこの家で、穏やかな日常を紡いでいくことは変わらないだろう。
これからも、お二人の豊かな時間は続いていく。