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都電と古書、スポーツ用品店……<br>泉麻人が語る「神田神保町」
泉麻人の「東京カルチャーストリート」

都電と古書、スポーツ用品店……
泉麻人が語る「神田神保町」

泉麻人が語る、神田神保町の往来——都電と古書とスポーツ用品店、そして喫茶店。子どもから学生まで惹きつける文化の変遷

東京の街や通りには、それぞれ時代を映した独特な文化がある。東京・昭和のカルチャーやトレンドの第一人者であるコラムニスト・泉麻人が、都内の街や通りをテーマに時代の移り変わりとそのカルチャーを解説する連載コラム。第2回は「神田神保町」。古書店やスポーツ用品店など、一見相いれない業種の店が混在するこのエリアは、他のどの地域にもない独特のカルチャーを形成しているように思える。この街で、あの通りで、少年〜青年時代の泉麻人は何を思い、どのような体験したのか? 懐かしい記憶とともにエリアの変遷を紹介。

Text by Asato Izumi

かつて神保町には「表」と「裏」があった

現在も神保町には古本を扱う書店が立ち並ぶ。Photo:ゲッティイメージズ

神田の神保町というと「古本屋の街」のキーワードが割とすんなり返ってくる。最盛期に比べて古本屋の数はかなり減ったというが、いまも靖国通りの皇居側の沿道には、一見してズラリという感じで古書を扱う店が並んでいる。活字離れの時代、という状況を考えれば、健闘しているといっていいだろう。

そして、店構えも昔の看板建築のままでがんばっているところがけっこう多い。まぁ、確かに古本屋は建物も古くないともう一つ気分が出ないものだ。

都心には人の名を元にした町名が多いけれど、神保町も徳川幕府の「神保」という旗本の名に由来する。この神保氏の屋敷があったのが岩波書店裏のさくら通りのあたり。ちなみに三省堂の横のすずらん通りから続いてくるこちらの狭い筋のほうが、江戸の頃から「表神保小路」と呼ばれるメインストリートで、大正の震災前くらいの地図まで、すずらん・さくら通りの皇居側が「表神保町」、靖国通り側が「裏神保町」と表示されている。明治の後半から靖国通りのほうに市電が走っていたが、もとはこちらが裏町の感覚だったのだろう。

1964(昭和39年)年当時の神田神保町の書店街の様子。学生が目立つ。Photo:朝日新聞社/アマナイメージズ

そもそも神保町界隈に古本屋が集まったのは、「本を読む学生が多かった」という理由による。お茶の水側の駿河台には明大、日大、本拠は移転してしまったが中大もひと頃までこの一角に存在した。お茶の水の神田川を渡った向こうには順天堂大、東京医科歯科大、さらに北方の本郷の東大も明治時代初めは南方の一ツ橋に東京外語や学習院と並んでキャンパスを構えていた。

書店の老舗、三省堂が店開きしたのが1881(明治14)年、岩波書店が1913(大正2)年で、いずれも立ち上がりは古本屋だったというが、つまり大正時代には“本の街”の骨格が出来上がっていたのだ。

靖国通りから見た三省堂書店。1934(昭和9)年頃に撮影されたもの。Photo:株式会社三省堂書店

小学6年生の泉少年が日記に残した、神田神保町の印象とは?

1967(昭和42)年に撮影された神保町交差点の様子。奥に都電が走っているのが靖国通り、手前が白山通り。交番奥の「廣文館書店」は現在も営業を続けている。Photo:『加藤嶺夫写真全集 昭和の東京 3 千代田区』(デコ・刊)より

ところで、僕が初めて神保町界隈にやって来たのは小学6年生の頃、当時から“古いモノ”に強い興味を持っていた(新しいモノにもすぐ飛びついていたが)僕は、古本屋が集まっていると噂に聞いていた神保町という町をいつか訪れてみたい、と企んでいた。

中学受験の対策で通っていた進学教室の帰りがけに界隈を散策した旨が当時の日記帳(宿題で連日書いていた)に記録されている。

1968(昭和43)年12月29日の話で、「神田のまち」とタイトルが付いている。

進学教室の帰り、付近の神田淡路町、小川町あたりを歩いてみた。

この付近は本屋が多いと聞いたが、ぼくの見た所では大きい店が二けんだけだった。また古い本屋がずらりと並んでいると思っていたのに、全く予想はずれで、二けんとも、近代的なビルだった。本屋街はもっと奥の方かもしれないが、このへんにくると、何か都心という感じがただよう。

都名物、都電もこのあたりはまだひっきりなしに通るし、江戸を思わせる古い店、家が多い。

と、まあやや文法的にヘンテコな箇所もあるけれど、いっぱしの随筆家をきどったような生意気なスタンスである。このときは丸ノ内線の淡路町からアプローチして、駿河台下の手前あたりで引き返してきてしまったのだ。ちなみに当時、小川町や神保町に地下鉄駅はまだなく、淡路町から離れるにつれて不安になった……ことをよくおぼえている。

文中で興味深いのは、靖国通りを都電がにぎやかに走っていたことだ。ピーク時には3つ4つの系統の都電が走行していたが、中学時代の途中に姿を消した。

古書の街にスポーツ用品店が進出。空腹の学生が引き寄せられる大衆食堂も

1972(昭和47)年、御茶ノ水の駿河台下に出店したスポーツ用品店の「ヴィクトリア」。現在この場所はスーパースポーツゼビオ東京御茶ノ水本店となっている。Photo:株式会社ヴィクトリア

そう、中学時代の僕は古本よりもサッカーのスパイクやユニフォームを物色しにこの界隈に足を運んだ。これも学生街に関係した業態といえるが、小川町から駿河台下にかけての沿道にはミズノやミナミなどのスポーツ用品店が何軒もあった。大正時代に大阪から進出してきたミズノ(美津濃)は古いが、店がどっと増えたのは僕の中学時代、第1次サッカーブームの70年代に入る頃からだろう。

サッカー部の仲間とグッズを探しに来たときに、ほぼ必ず立ち寄ったのが「福々まんじゅう」の看板を出した大衆食堂あるいは甘味喫茶のような店で、ここは福々まんじゅうと称する肉マンのほか、店頭の鉄板で炒め売りするソースヤキソバに夏場はカキ氷各種、大山盛小倉アイス…なんていったものが味わえる。

僕が資料探しで古書店街をしばしば訪れるようになった80年代いっぱいくらいまではあったはずのこの店、先頃“監修”で関わった加藤嶺夫氏の写真全集「昭和の東京 3千代田区」(デコ・刊)にその姿が記録されていた。

これがその写真。中央右寄りに「神田名物 福々まんぢゅう」の看板が見える。Photo:『加藤嶺夫写真全集 昭和の東京 3 千代田区』(デコ・刊)より

場所は、1階にスタバを入れていまも健在の紀陽銀行の隣り、『神田名物 福々まんぢゅう 大山盛 小倉アイス』と懐しい看板を掲げたなじみのある小店が写りこんでいる。「昭和45年7月19日」と写真全集に表記された撮影日は、まさに中2の僕がサッカー部の連中と寄り道していた時期だ。この店、食卓脇の壁に横長の鏡が張り出されていたので、ヘディングの練習で汚れた額の際を、鏡でチェックしながらオシボリで拭いたことを思い出す。

90年代前半、神田のスポーツ用品店。スキーシーズン前に新作のスキーブーツを買いにやって来る若者で賑わう。Photo:朝日新聞社/アマナイメージズ

靖国通りのスポーツ用品店は王選手のCMでおなじみのヴィクトリアなども加わって、70年代後半あたりからスキー用品が目につくようになってくる。90年代前半の頃は広瀬香美のアルペンのCMソングが路頭に延々と流れていた印象があるけれど、冬のスキーキャンペーンもひと頃に比べておとなしくなった。

戦利品の古書をゆっくり紐解くにふさわしい、純喫茶の名店も健在

古書独特の匂いとコーヒーの芳香はベストマッチ。オーセンティックな佇まいの「ミロンガ(ヌオーバ)」。Photo:ゲッティイメージズ

甘味喫茶の話が出たが、神保町は純喫茶の名店も多い。とくに神保町交差点南東側の裏筋には「さぼうる」「ラドリオ」「ミロンガ(ヌオーバ)」という、ほぼ半世紀前と変わらない佇まいの店が点在している。この種の店でわざわざナポリタンを食べたいとは思わないけれど、こういうクラシックムードの喫茶店と古書の相性はいい。ゲットした戦利品をひとり静かな喫茶店でひもとく瞬間の心地は格別である。

ちなみに、僕の古本のターゲットは小6の頃から“数年前の雑誌やマンガ”の類いだったのだが、近頃の神田神保町はかつて邪道とされた、この種のサブカル系の店が主流になりつつある。昭和中期の邦画の上映に的を絞った映画館・神保町シアターも、この街のファンの間に定着した。

資料協力

株式会社デコ
▶︎http://www.deco-net.com/

株式会社三省堂書店
▶︎https://www.books-sanseido.co.jp/

株式会社ヴィクトリア
▶︎https://www.victoria.co.jp/company/history.html

profile

泉 麻人

1956(昭和31)年、東京生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、東京ニュース通信社に入社。『週刊TVガイド』等の編集者を経てコラムニストに。主に東京や昭和、カルチャー、街歩きなどをテーマにしたエッセイを執筆している。近刊に『1964前の東京オリンピックのころを回想してみた。』(三賢社)。

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