「建築家の視点で家具を捉え直す」という新発想
1940年に愛知県刈谷市で創業したカリモク家具は、国産の木製家具メーカーとして日本最大の規模をもつ。特に近年は、その規模に甘んじることなく、日本の家具のイメージを刷新するような取り組みを次々に進めてきた。カリモクニュースタンダード(以下KNS)やカリモクケーススタディといったコレクションは、その代表的なもの。こうしたプロジェクトを先導するのが、創業者の孫にあたるカリモク家具副社長の加藤 洋さんだ。芦沢啓治さんをはじめ、国内外の建築家やデザイナーとコラボレーションを重ねている同社のターニングポイントになったのは、2009年のKNSのスタートだったという。
「カリモク家具は、木材の調達からデザイン開発、製造、卸までを一気通貫で行う垂直統合型のビジネスモデルを確立してきました。そこには大きなメリットがありますが、一方でフォームが固まりすぎてしまった。真面目なものづくりは得意でも、自由な発想が出てきにくかったんです。私が外部のデザイナーに求めたのは、そんな状態に変化を与えてもらうことでした」と加藤さん。デザイナーの柳原照弘を初代デザインディレクターに迎えたKNSは、新世代のデザイナーを多く起用して、世界的にも一躍注目を集めていった。
「KNSは当初からサステナビリティに注目していました。カリモク家具が使うのは天然の木材であり、木材が採れるのは森林ですが、その持続性には大きな問題があります。たとえば世界的に見ると、広大な森林資源が毎年失われている。私たちは、まず日本の森林を健全な姿に戻すため、うまく循環していない日本の木材に、デザインの力によって新しい価値を与えたいと思いました」
大御所を起用する案もあったが、未来を見据えた家具を追求するには、若いデザイナーがふさわしいと加藤さんは考えた。まだ木の家具をつくった経験のないデザイナーであっても、問題意識が共有できるなら手を組んでいく。
「時には葛藤もありましたが、多様性を受け入れるのは企業として乗り越えるべき課題。国籍、性別、年齢、社内と社外など、さまざまな違いを受け入れることにしたんです」
KNSによって始まった新しい動きは、カリモク家具の内外に徐々に影響を与えていく。大きな売り上げをつくるには時間を要したが、加藤さんは常に手応えを感じていた。
「我々にとってマーケティングは重要な活動ですが、ともすればマーケティングにすべてが引っ張られてしまいます。その延長上には、人々を煽って大量のものを販売し、消費していく姿がある。しかしカリモク家具は、祖父が創業した時代から、どうやって企業を大きくするかよりも、人の暮らしを豊かにすることを考えていました」
やがてKNSのデザインディレクターがスイス出身のダヴィッド・グレットリに交代し、その頃から活動も軌道に乗っていく。こうした展開と並んで、いっそう暮らしに寄り添う家具をつくろうとしたとき、思いが至ったのは建築家とのコラボレーションだった。暮らす人の時間を思い描きながら、ひとつの住宅をつくっていく建築家。その視点を家具に生かせないかと、加藤さんは考えた。
建築家と一緒に家具コレクションを始めるにあたり、加藤さんが話を持ちかけたのが芦沢さんだった。そこからカリモクケーススタディという新しいコレクションが始動する。
「東日本大震災の後、芦沢くんが被災地の復興のために石巻工房を始めた頃から、僕の中では決定的な片想いをしていたんです(笑)。彼が実践している正直なデザインに共感していて、10年後に日本を代表する建築家になるといいなと思っていました」
提案を受けた芦沢さんは、以前から交流のあったデンマークのノーム・アーキテクツにも声をかけた。彼らも芦沢さんと同様に、建築に軸足を置きながら家具などのプロダクトも豊富に手がけている。異なる視点を持ちながらも、その哲学や感性において通じ合う点も多かった。やがて2019年、ノーム・アーキテクツをデザインディレクターとしてカリモクケーススタディが発表された。
カリモクケーススタディは、建築家が自身の手がける空間のために、建築家自身がデザインした家具を製品化する仕組みを採っている。その第1弾が、東京・世田谷区での集合住宅のリノベーションに際して、ノーム・アーキテクツと芦沢さんが手がけたシリーズだった。一連の家具が最初に公開されたのはデンマークのコペンハーゲン。この頃から、日本とスカンジナビアの要素を併せ持つスタイルを指す「ジャパンディ」という言葉も使われはじめた。ノーム・アーキテクツの人気が世界に広まるとともに、カリモクケーススタディの認知度も順調に高まった。現在ではアメリカやヨーロッパ各国でも販売が行われている。
「集合住宅以外にもサマーハウス、カフェ、レストランなど、カリモクケーススタディでは国内外の多くの空間のための家具をつくってきました。それと同時に、レジデンス向けにつくった家具がカフェで使われたり、オフィスに入ったりと、境界線もゆるくなった。市場の流れが変わってきたんです」
カリモクケーススタディの製品には、カリモク家具、芦沢啓治、ノーム・アーキテクツという3者の相性のよさが表れている。加藤さんは以前から、木工家具について豊かな伝統をもつデンマークのデザイナーをリスペクトしてきたという。芦沢さんとノーム・アーキテクツも、知り合う前から互いの作風に惹かれ、やがて同様のデザイン・フィロソフィを共有する同士として親交を重ねてきた。
「ノーム・アーキテクツは日本の文化にもとても詳しくて、こちらが逆に勉強させてもらうこともありました。日本と北欧は文化的価値観に親和性があるとよく言われますが、まさにそのとおりなんです」と加藤さんは話す。
「ハイテク&ハイタッチ」を礎に、これからの家具を目指す
カリモク家具のものづくりのキーワードに「ハイテク&ハイタッチ」がある。ハイテクとは、製品を工業的に量産するための高度なノウハウであり、均質性、安定性、柔軟性を実現する。そのため独自にカスタマイズした高度な生産設備を使い、木材の乾燥、加工、組み立て、塗装、生地の張り込みといった工程を愛知県内の自社工場で一貫して行う。そしてハイタッチとは、タイムレスでプライスレスな価値を生み出すクラフトの力量のこと。職人の手と目を最大限に生かし、木という天然素材の個性や持ち味を引き出していく。「ハイテク&ハイタッチ」は、そのふたつの要素のバランスを追求していく姿勢を示している。
「カリモクケーススタディの製品は、他の家具よりもさらに高い精度が求められます。どれも繊細でシンプル、ノイズのないデザインですから決してごまかしがききません。工作機械の刃物の精度も100分の1ミリ単位で整える必要があり、人のスキルもそれに見合ったものでないといけない。これはかなりチャレンジングなことでした。アクロバティックなデザインのほうが、ある意味で簡単でしょうね」
3年前に比べて、工場で働く人々のモチベーションも確実に上がったと加藤さんは話す。高度なものづくりに挑戦し、それを自分たちのものにして、結果として生まれた製品が世界に通用した事実を認識しているからだ。
最近、カリモクケーススタディとして芦沢さんが取り組んだレジデンスでは、内窓の窓枠をつくることになった。これもまた、カリモク家具にとって新しいチャレンジだった。「同じ住空間の中にあるものとして、家具もキッチンも窓枠も等価に扱われるべき。それらを同じトーンでつくっていくことが、カリモク家具ならできる」と芦沢さんは説明する。
「窓枠を家具と等しく捉える視点は僕らにはなかったけれど、それは建築家ならではのもの。住む人が手で触れる場所であり、光を取り入れる役目も担う、重要なものだと気づかされました」と加藤さんは話す。
「ヨーロッパでは木製の窓枠のシェアは30%くらいあって、さらに増えている。それだけ普及しているものだから、日本でも可能性があるはずです」
カリモク家具の工場には、本来は窓枠用だったドイツ製の工作機械を家具用にアレンジして取り入れたものがあった。その機械を使うと、窓枠をつくるのは十分に可能だったという。こうした建具づくりの実現は、同社にとって新しい一歩ともいえる。
「生産体制は大規模ですが、カリモク家具の椅子やソファは9割以上が受注生産。規模がもたらすメリットはそのままに、もっと個に寄り添ったものづくりができる下地がありました。ひとつの物件のために窓枠をつくったことで、その可能性に気づけたのも、今回のプロジェクトの意義でした」
「芦沢くんは、空間のノイズを巧みに消し去って、とてもリラックスできる場所をつくっている。本社併設のショールームやオフィスも彼のデザインで、誰からも居心地がいいと言ってもらえます。ノームもシンプルでミニマルだけど、芦沢くんには少し日本的な凜とした佇まいがありますね。企業の考え方は目新しさを重視しがちですが、彼の姿勢はある美意識に基づいていて、自然な抑制があるんです」
カリモクケーススタディやKNSの家具を多く取り入れ、一部のドアなどもカリモク家具が設えたオフィスの一角。芦沢さんの作風が、オフィスの機能と違和感なく溶け合っている。この会社が、上質な家具だけでなく、その先にある空間や暮らしをイメージして進んでいることが伝わってくる。
KNSのスタートから取り組んできたサステナビリティの推進に、加藤さんは今後さらに力を入れていくという。
「まずは製品を長く使っていただけるようにメンテナンスサービスの拡充を目指しています。去年はソファのクッション交換などを含めると年間2万5000件の修理を受け付けました。これはつくり手冥利に尽きることです。また日本は豊かな森林資源を持つ国ですが、樹種がとても多くて約1200種類もあるのが特徴です。特定の木材の安定供給という点では不利で、生態系を健全に保つにはバランスよく木を使わなければなりません。そのための試みも始めているところです」
芦沢さんがデザインディレクターを務める「石巻工房 by karimoku」や、資源量の大きい国産針葉樹などを用いる「MAS」など、加藤さんはKNSとカリモクケーススタディに続くコレクションの展開にも前向きだ。それらもサステナビリティなどの社会課題への意識が根本になっている。さらに一方には、デザインの楽しさを通して暮らしを快適なものにしたいという、並外れた熱意を感じさせる。その純粋な思いが、時代を先んじるようなデザインディレクターやデザイナーの起用を実現させるのだろう。これから加藤さんが何を企てて、世の中に送り出していくのか。日本の木の家具の未来が、そこにかかっている。
profile
創業者の加藤正平が、長年続く材木店を引き継ぎ、愛知県刈谷市で1940年に木工所を開始。小さな木製品の生産で技術を磨き、1960年代から自社製の木製家具の販売を始める。高度な機械の技術と職人の技を融合させる「ハイテク&ハイタッチ」という製造コンセプトを掲げて木材生産分野における土台をつくり上げ、日本を代表する木製家具メーカーへと成長を遂げた。近年はカリモクニュースタンダードなどを通して外部デザイナーも積極的に起用し、海外展開も本格化。カリモクケーススタディからは、世界的な建築家であるノーマン・フォスターさんによる新作家具が発表された。
profile
「芦沢啓治建築設計事務所」主宰。「正直なデザイン」をモットーに、建築、インテリア、家具などトータルにデザイン。国内外の建築やインテリアプロジェクト、家具メーカーの仕事を手掛けるほか、東日本大震災から生まれた「石巻工房」の代表も務める。