「旭川家具」の産地へ
北海道の旅、2日目に我々が訪れたのは、北海道のほぼ中央に位置する旭川市に拠点を置く家具メーカー「CondeHouse」と、その隣にある東川町の家具メーカー「TIME & STYLE」だ。
旭川市は、空港や鉄道、教育機関などが充実した北海道第2の都市でありながらも、雄大な大雪山系の山々に囲まれ、そこを水源とする石狩川などの名流のもたらす恵みもあり、季節ごとにさまざまな表情を織り成す、表情豊かな都市である。
上川郡東川町もまた、大雪山系の山々を背景に美しい田園風景が広がる、豊かな自然に囲まれた場所。全国的にも珍しく、北海道では唯一となる上水道がない町としても知られ、地下から汲み上げられる清らかな雪解け水と、その水で育った米や野菜などの豊かな食材も人々を惹きつけてやまない。人口およそ8500人ながらも、近年では恵まれた自然環境に魅了された他県からの移住者が増えているという、全国でも珍しい町だ。
かつて明治時代より、屯田兵によって旭川エリアの開拓が進められていくなかで、彼らの住居で使う家具の需要が高まり、豊富な森林資源を使った「家具産業」の歴史が始まったという旭川・東川町エリア。大正時代の初めに道内を襲った冷害による凶作被害の際には、旭川で「木工伝習所」を開設し、木工業を促進したという。その後、戦争特需、あるいは恐慌の影響を受けながらも、第二次大戦後は進駐軍の家具製作を受注したことでさらなる発展を遂げた。近年では、世界中の若手デザイナーからアイデアを募る「国際家具デザインコンペティション旭川」や、「旭川デザインウィーク」が開催され、デザインをキーワードとした地域創生の発信拠点として国内外から注目を集めている。
雄大な自然と共存しながらも産業や経済を発展させてきた2つの町には、これからの社会のあるべき姿や、本質的な豊かさの定義のヒントが隠されているはずだ。そんな想いを胸に、我々は「旭川家具」を牽引する家具メーカーを訪ねた。
優れたデザインと日本の木工技術を武器に挑戦し続ける———「カンディハウス」
旭川空港から車で30分ほどの木工団地と呼ばれるエリアにあるのが、北海道から世界へ発進する家具メーカー「CondeHouse」だ。
オフィスや工場が連なる広々とした敷地でデザイン・開発から製造までを一貫して手掛け、ここ旭川から国内外に出荷を行っている。
そもそもの始まりは、家具職人として働いていた長原實さんが1963年から約3年半、旭川市の海外派遣技術研修生としてドイツで研修していた際に、北海道産のミズナラを使いヨーロッパで製造された家具が高級家具として世界中に輸出されていくのを目の当たりにしたことだったという。
「地元、北海道産の木材を使った家具を自分たちの手でつくり世界に届けたい」という想いを抱いた長原さんは、帰国後1968年にカンディハウスの前身となるインテリアセンターを創業。当時、タンスをはじめとする箱物の製造が中心だった旭川の家具産業の中で、西洋風の生活スタイルへの変化に注目し、デザインを切り口とした椅子やテーブルなどの脚物を主体とするものづくりを進めていった。
以降、カンディハウスは一貫して北海道旭川での製造を続けながら、輸出先の開拓にも果敢に挑み、今では海外でもその名を広く知られるようになった。
必要以上のものはつくらない。森のサイクルとともにあるものづくり
創業から50年以上、自然の恩恵にあずかりながら真摯に家具づくりを行い、「旭川家具」を牽引し続けてきたカンディハウス。職人の手仕事を生かした丁寧なものづくりを企業理念としながら、量産に対応すべく大型の機械を導入し、デザインにこだわった製品をもとに事業規模を拡大していった。
そのような歴史をたどる中、2021年に代表取締役社長に就任した染谷哲義さんは、環境負荷を軽減するサスティナブルな仕組みづくりに力を注ぐ。その大きな取り組みのひとつが、輸入材から道産材への切り替えだ。
創業当初は周囲の山々から伐り出されたミズナラなどを使って家具づくりを行ってきた同社も、資源の枯渇による供給面やコスト面などの理由から輸入材に頼らざるを得なくなっていった。その後、北海道産の広葉樹の活用比率が10%未満という状況が続いてきたという。
しかし、化石燃料を使って運ばれてきた木材を加工し、それを再び海外へと輸出することは、環境への負荷も大きい。もう一度原点に立ち戻り、本当の意味での『MADE IN 北海道旭川』の製品を世界へと発信していこうとしている。
きっかけは、旭川家具工業協同組合が7年前に発足させた「ここの木の家具・北海道プロジェクト」だ。森を育てるために生まれる間伐材など、時間の経過とともに少しずつ増加傾向にある北海道の木材資源に注目し、産地全体に北海道産広葉樹の活用を呼びかけた。
同社もこれを受け、定番製品をはじめとする輸入材で生産されていた製品の材料を、北海道産材へとスイッチした。加えて新製品の開発においては北海道産広葉樹を積極的に採用。今年は道産材の使用比率が50%を超えるところまで来ているという。
染谷さんは、「我々は必要以上のものをつくろうとは思っていません」と話す。
「限りある天然資源を使った家具づくりは、環境に負荷をかけるのではないかと思う人がいるかもしれません。一方で、バランス良く森を守り育てるためには、適正な伐採によって整えていく必要があります。我々は、その材料を大切に使いながら家具づくりを進めています」
輸入材の世界的な高騰を受け、新たな材料の活用にも余念はない。あまり選択してこなかった北海道産のカバ材を使った製品開発なども進められている。
個性的な特徴を持つ樹種を採用できるのも、長年、旭川の自然と対峙しながら培ってきた、木材の表情を見極める職人の経験と技術の賜物だ。
家族の思い出の詰まった家具を、次の世代へ“引き継ぐ”試み
一方で、貴重な木を伐り出してつくった家具を、お客様にいかに長く愛用していだだくかということも重要なポイントだと話す染谷さん。
いくら機能性や強度に優れていても、普遍的な美しさが伴わなければ結局は使われなくなってしまう。カンディハウスが追い求めてきたのは、使い手に長く寄り添うデザインだという。
「我々がものづくりを行ううえで、デザインは欠かせないキーワードのひとつです。アメリカの建築家ルイス・ヘンリー・サリバンが『形態は常に機能に従う』という言葉を残していますが、それはまさに真実で、形だけ、機能だけではなく、双方を追求した先にあるのが長く愛される家具であると信じています。この信念が、カンディハウスの根底には息づいているのです」
創業以来、同社は積極的にデザイナーと協同開発を進め、世代を超えて愛される「定番製品」を世に送り出してきた。発売から半世紀ほど経った今でも、変わらず愛され続けるロングセラー製品がいくつもある。
最近では、「レストア」(修理・再生)にも力を入れているという。使用するうちに生じた木部の傷や塗装の剥がれ、色褪せ、椅子張地の擦り切れやソファの弾力低下など、ロングユースの愛用品を修理し再生させることで、次の世代へと継承してもらえる体制を整えているのだ。新しく買い替えてもらうことは企業側にとっては利益に繋がる。しかし、同社はつくったものに責任を持ち、購入いただいたものを二代、三代と使い続けてもらう努力を重ねている。
また、家族構成やライフスタイルの変化などによって不要となった家具の引き取りや買い取りを行い、レストア後ヴィンテージ品として再販売するという取り組みも行っている。旭川ショップとオンラインショップ内には、命を再び吹き込まれたヴィンテージ家具がラインナップされ、新たな使い手の元へと届けられている。
他にも、家具をつくる際に出る端材や木くずを冬の暖房用の燃料に活用したり、工場の屋上にソーラーパネルを設置するなど「自然に負荷をかけない、自然と調和する」企業活動も徹底して行われている。
「今後は、数値的な目標も見定め、全社で取り組むプロジェクトとして進めていきたい」と染谷さんは意気込む。
旭川家具ブランドを牽引し地域の家具産業と共に歩んできたカンディハウスは、さらなる変化を模索している。地域の中核産業を担う企業としての役割を果たしながら、今、できることに目を向け、着実に新たなステージへと駒を進めようとしているのを感じた。
その取り組みには、サスティナブル(持続可能性)だけではなく、リジェネレーション(再生)の考え方も育ちはじめているように思う。ひとつの家具にまつわる素材、技術、製品、どれもが各々の居場所で循環し、あるいは受け継がれていく。そんな未来に向けて意欲的に取り組む姿勢に、深く感じ入る取材となった。
日本のものづくりの素晴らしさを世界に発信———「TIME & STYLE FACTORY」
続いて我々が訪ねたのは、大雪山の麓、東川町に拠点を置く「TIME & STYLE FACTORY」。家具を中心に、照明器具やテーブルウェア、タオルをはじめとするオリジナルプロダクトを展開する「TIME & STYLE」(タイムアンドスタイル)の自社工場だ。
もともと、1990年にドイツで活動を始め、7年後には「TIME & STYLE」を日本でスタートさせたが、当初は自社工場を持たず、全国各地の家具メーカーにアウトソーシング・製造委託する生産スタイルに徹していたという。
しかし、それでは製造力や製造技術は委託先の協力工場に蓄積されていくだけで、自分たちのノウハウ向上には繋がらない。企画面だけではなく製造面でのクオリティをより高めていくためには、自分たちで工場を持つしかない。
そのような想いから、2007年に初の旗艦店を東京ミッドタウンにオープンさせるのに合わせて、自社工場「TIME & STYLE FACTORY」の設立に踏み切ることとなった。
では、全国の家具産地を知るタイムアンドスタイルが、ここ東川町を拠点に決めたのはなぜなのだろうか。
タイムアンドスタイルを運営するプレステージジャパン専務取締役の吉田安志さんは、次のように話す。
「札幌から稚内はちょうど北緯43度〜45度にあたり、北半球をぐるりと取り巻く地球上の広葉樹ベルトと呼ばれる亜寒帯の気候です。冬は雪に覆われる厳しい環境下で時間をかけて育った広葉樹は、『世界で最も良質な広葉樹』とも言われ、非常に質が高い。なかでも東川町は、大雪山からの豊かな伏流水もあり、森からの恩恵をダイレクトに受け取れる場所なんです」
「また、ものづくりをするからには、培った技術を次の世代まで継承していかなければなりません。隣接する旭川市には北海道立旭川⾼等技術専⾨学院や、森林学校と呼ばれる職業訓練機関・北海道立北の森づくり専門学院があり、ものづくりの人材育成の面で恵まれているのも大きな利点でした」
「素材」「環境」「人材」というすべての条件が揃っていた東川町。加えて、町民世帯の約4割が家具づくりや木工業に携わっており、自治体との協業や産学官連携の取り組みが進んでいるという点も後押しになったという。
職人の知識や技術で、等級外の木材に新たな命を吹き込む
日本で唯一、道産材の択伐材を独自ルートで仕入れ、製材から乾燥、家具への加工・組み立てまでの一連の工程を手がけているタイムアンドスタイル ファクトリー。そのきっかけとなったのが、パルプ材やバイオマス用の材料として使われる、「等級外」に分類される原木としての丸太の存在だったという。曲がっていたりして扱いにくいというデメリットはあるものの、知恵と技術さえあれば高品質な家具として新たな生命を与えることができる。
「効率を重視するあまりに、原材料がどんどん均一化されていくことに違和感を感じていました」と話す吉田さん。そんな想いから、同社ではあえてこうした等級外の丸太を仕入れている。
その企業姿勢が垣間見られるユニークな取り組みが、原木の仕入れをスタートした3年前から続けているという年輪のカウントだ。すべての丸太は職人によって年輪が数えられ、その樹齢が一本一本に記されている。
「木がどのような環境で生まれ育ち、何年間生きてきたのかを知るために年輪を数えることは、木への理解とリスペクトを深めるためには非常に大切です。ひいてはそれが、気持ちを込めた丁寧なものづくりにも繋がっていくと信じています」
また、こだわりは乾燥工程にも及ぶ。天日干しによって水分含有率が20%ほどまで下がった丸太は、製材後、人工乾燥機によって残りの水分が抜けるまでさらに乾燥させられる。その際、通常はビジネスサイクルを早めるため、60℃〜80℃という高温の人工乾燥機で急速に乾燥させる場合が多い。しかし同社は、40℃ほどの低温でじっくりと水分を抜く手法を取っている。
その理由について吉田さんは次のように語る。
「高温での乾燥は、木の繊維を破壊しかねません。だからこそ、昔は自然の環境の中でゆっくりと乾燥させていたんですね。タイムアンドスタイルでは長期間使い続けられる家具づくりのベースはここにあると考え、時間はかかっても木材を傷めにくい古典的な方法を今の技術に落とし込んで採用しています」
使い手に寄り添う、丁寧なものづくりの現場で感じたこと
効率を重視した大量生産型のものづくりの真逆にあるとも言えるのが、タイムアンドスタイルの受注生産型のものづくりだ。
同社は受注生産のスタイルを貫くことで、ひとつひとつの作業に丁寧に時間をかけ、「100年先まで使っていただける家具づくり」を目標に、エンドユーザーの立場に立った丁寧なものづくりを徹底して行っている。
なかでも、同社の想いが色濃く反映されていると感じたのが、塗装のセクション。ここでは、できる限り無垢の素材の質感を生かし、木が持つ個性を引き出すような塗装を選択している。食用のヒマワリ油を浸透させ、上から蜜蝋を刷り込むことで、木が地面に立っていたときの色、つまり素材が本来持っていた色に戻すのだ。北海道産の完全オーガニックな素材のみで仕上げるこの方法は、非常に安心感が高い。
「化学的な樹脂を表面にコーティングするウレタンコーティングは、水分や油分を弾きメンテナンスが楽になる半面、木の調湿効果を限りなく減らすことになります。また、化学的な加工は8年から10年ほど経つと劣化が進み、いくら大事に使っていても表面が剥離してしまいます。そういう理由から、我々はホテルやレストラン向けにはウレタンコーティングをお勧めすることはありますが、一般のご家庭で使用されるお客さまには、長期的にご自身でメンテナンスができるビーズワックスでの仕上げをお勧めしています」
一方で自然素材は乾きが遅く、出荷までに時間を要するというデメリットもある。しかし、メリットとデメリットの両面をお客さまにしっかりと伝えることで家具への背景理解が深まり、より長く大切に使ってもらえることにも繋がるという。
ラボ的な役割も果たすタイムアンドファクトリー
もうひとつ紹介してくれたのは、「鉄媒染」という手法。鉄媒染用の鉄水(鉄分を多く含んだ水)をナラ材にサッと塗ると、鉄がナラ材に含まれる渋(いわゆるタンニン)と反応して化学反応を起こし、1時間もしないうちに黒く変色していく。
この手法は、もともと日本で脈々と受け継がれてきた伝統的な染色技法を応用したものだという。海外から日本を俯瞰して見てきた同社は、こうした伝統工芸の技術や、日本建築で使われてきた技法を積極的に取り入れ、新たなチャレンジを続けているのだ。
また、工場の一角には若手のスタッフが、ノミやカンナを使った手加工を練習する若手職人育成のためのスペースがあり、仕事が終わるとみんなで集まって練習するという。こういった取り組みには、ここで培われた技術やノウハウを、次の世代へと継承したいという同社の強い想いが息づいている。
工場はあえて動線を決めずに職人同士が自由に行き来できるレイアウトになっていて、開発をここで行うこともあるという。程よい規模感を生かしたこういったラボ的な環境も、新たな発想を生み出す秘訣なのだろう。
家具をより長く使ってもらうために、できること
「普遍的な意匠に耐久性・機能美が備わっていてこそ、我々が追求する『美しいデザイン、優れた家具』だと考えます。世代を超えて長く使い続けられるためには、愛用者が自分でメンテナンスができること、そして修理修復が可能な素材の選択や構造にしておくことが不可欠です」と語る吉田さん。
タイムアンドスタイルの製品は、どんなに壊れたものでも、基本的には修理を受け付けているという。
「メンテナンスをしながら長く使っていくほうが環境にもいいですし、新たなCO2も放出されません。今後は、使い続けることでどのくらい環境に貢献することになるのかを数値化して、お客さまにお伝えできるようにしたいと思っています」
長く大切に使うことも含めて「木のある暮らし」を提案するタイムアンドスタイル。ユーザーの暮らしに寄り添い、受注生産ならではのきめ細やかな家具づくりをすることも含めて、リジェネレーション(再生)を実践している事例と言えるのではないだろうか。
2社の取材から考察する、旭川家具が提案する“豊かな暮らし”
それぞれ異なるアプローチで、自然との共存を図りながら躍進を続けるカンディハウスとタイムアンドスタイル。いずれも、自分たちが置かれている社会的立場から、地域の産業と環境保全に寄与していくことを真剣に考え、日々実践していた。
さらに2社に共通していたのは、大雪山系がもたらす豊かな自然環境がいかに貴重なものなのかを強く意識し、そこで生まれた木材の魅力をダイレクトに感じられる状態で使い手に届けていること。さらには、単なる家具の提案にとどまらず、木の温もりを感じるお気に入りの家具を育て、いとおしむ生活の中で生まれる「本質的な豊かさ」を提案していることであった。
自然環境に配慮した美しき家具を選ぶことは、今いる空間をより心地よく変えてくれるだけでなく、未来の暮らしも心地よく変えてくれることだろう。どのような家具を選ぶのかは、生き方そのものを選ぶことを意味するのかもしれない。
今こそ、プロダクトの背景にも想いを巡らせ、人生を共に歩む相棒としての家具を見つけてみてはいかがだろうか。
「Quiddity of Life-北海道旭川・東川で体験する、“本質的な 豊かな暮らし”」。次回は、東川町の山深くで雄大な自然と共存・対峙しながら、家具づくりと住宅の建築まで手がける「北の住まい設計社」と暮らし手を訪ねる。
取材協力
CondeHouse
▶︎https://www.condehouse.co.jp
TIME & STYLE
▶︎https://www.timeandstyle.com