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建築家・山田悦子氏が語る「住まいと人の幸せな関係」
Focus on Designer

建築家・山田悦子氏が語る「住まいと人の幸せな関係」

日本とオランダで建築と暮らし方を学び、体験した山田悦子氏が、住宅における動線、通風、採光を重視する理由

デザインによって「より豊かな暮らし」の実現に寄与する人物を紹介する「Focus on Designer」。今回ご登場いただいたのは、マンション、戸建てのリノベーションのほか、新築住宅も手がける建築家、山田悦子氏。氏がデザインした住宅は、光と風が通り抜ける心地よい空間構成、スムーズに家事が行えるよう工夫した「回遊動線」が高く評価されている。利便性、効率性と同時に穏やかで温かみのある空間を実現するその設計思想の源流にあるのは、自身が生まれ育った環境と、オランダで学んだライフスタイルにあるという。今回、氏が最近手がけたリノベーションマンションの一室で、創作活動の原点と、暮らしの中の豊かさについてお話をうかがった。

Text by Mikio Kuranishi
Photographs by Mori Koda

中学生の頃から建築、インテリアに興味があったという山田悦子氏は、迷わず大学の建築科に進学。大学での4年間は、日々建築の勉強ができることが楽しくて仕方がなかったという。卒業年は、バブル崩壊後のいわゆる就職氷河期の真っ只中だったこともあり、そのまま就職するよりももっと建築を学びたいという思いが強く、恩師の薦めでオランダ、アムステルダムの大学院大学に留学。その後同地の設計事務所に就職して約4年間研鑽を積んで帰国。2007年には東京に自身のアトリエを開設した。

建築界で一大ブームを巻き起こしていたオランダへ

――大学卒業後、オランダに留学され、さらに現地で吉良森子さんのアトリエで勤務されています。その経緯についてお聞かせください。

卒業後のことを考えるタイミングで、就職という選択肢はあまりありませんでした。それよりもっと建築を学びたい、世界の建築を知りたいという思いが日に日に増し、留学を考えるようになりました。留学先は、最初はアメリカかイギリスをイメージしていましたが、当時のゼミの教授から、オランダに面白い学校があるよと教えてもらったのがアムステルダムのベルラーヘ・インスティテュート(Berlage Institute)でした。

調べてみると、まずは米英に比べ学費が安い、1学年15人と少人数ゼミ教育であること、さらに週に一度、世界の著名建築家の講義、セミナーがある。実際、日本からは伊東豊雄さん、妹島和世さんといった名前もあり、建築を学ぶには理想の恵まれた環境ではないかと思い、受験してみると受かったという流れでした。

――当時はレム・コールハース、MVRDV(オランダのロッテルダムを拠点とする建築家集団)といった建築家、設計事務所が世界的に注目されていたことも関係ありますか?

確かにオランダの建築が大ブレークしていた時期で、学生はみんなあの分厚いコールハースの著書『S,M,L,XL』を持っているような状況でしたが、実は私はあまりそういった当時の潮流に馴染めませんでした。ベルラーヘも入ってみると、まわりはMVRDVのデータスケープ(※)に夢中になっていて、それは自分が学びたいものとは違っていました。

大学時代も建築系の学科でしたが、建築だけでなくエコを含め建築を取り巻くすべての環境を学ぶという教育方針で、そういう意味でオランダが環境先進国だったことも選んだポイントだったのですが、海外生活に馴染むのに精一杯で、私のほうでその研究を進めることはできませんでした。

※データスケープ
関連するあらゆる情報、条件を数値化し、コンピュータで最適解を出す建築、都市の生成手法。

――それでベルラーヘは退学されて就職された?

退学はしていませんが、講義、実習の内容にどうしても興味がもてなくて、どんどん取り残されていったので、1年間でいったん休学することにしました。オランダというか欧州の大学では、休学して働いたりしながら、また復学するというのは普通のことで、私も最初はいずれ復学をと考えていました。

それからロンドンAAスクールのサマースクールに参加したり、いろいろ考えた上で、やはり私には現場で働くほうが向いていると思い、就職活動をしてアムステルダムで活動されていた日本人の建築家と出会いました。そこで4年ほどお世話になりましたが、日本にもプロジェクトがありましたので、現地担当として半年くらい日本に滞在して仕事をさせてもらったこともありました。

リノベーションが当たり前という欧州の住文化

――オランダでの体験から学ばれたこととは何でしょう。また、それは現在のお仕事にどのような影響を与えていますか?

私が住んでいたのはアムステルダムで、借りていたアパートが築100年。同僚にそう言うと「結構新しいね」と。最初は驚きましたが、オランダだけでなく欧州ではそれが普通で、だからこそリノベーションが当たり前の文化でした。建築家に新築の仕事などめったにこない。キッチンでさえ自分で購入して自分で設置する。自分の家は自分で整えるというのが基本です。そうやって友人を招待して一緒に食事をしたりできることが大人の証しなのです。

別の言い方をすると仕事とプライベートをきちんと分けるということでもあって、プライベートの一部として住まいに対してしっかりと向き合う。実際、みなさん本格的に大工仕事をされます。私も引っ越しするたびに壁を塗り替えたり、窓枠を塗装したりしていました。勤めていた事務所でも新築よりもリノベーションを多く担当させてもらったので、それがそのまま今の仕事に生かされていると思います。

――作品を拝見すると色彩は別にして、ヘリット・リートフェルト(オランダの建築家・デザイナー)の空間のような整然とした平面構成でありながら温かみのある空間を感じます。ご自身ではどのようにお考えですか?

平面構成を考える際、私の場合は住まいとして必要な寸法をまず抽出します。そうすると必然的に出てくる線があって、それを他の線ときれいに交わらせていくということは意識的にしているかもしれません。

このマンションでいうと、たとえばキッチンに食器棚として必要な奥行きを取ると、扉が壁からどうしても張り出してしまう。それをそのままにしてしまうと雑な印象になるので、後ろに間接照明を入れています。確かに線をどう生かすかということはかなり意識してやっていますね。リートフェルトというと、シュレーダー邸に見られるような家具の延長というか、家具でも建築でもないような空間のつくり方は面白いなと思います。

山田氏がリノベーションを手がけた港区赤坂のマンションの一室(R100 tokyoのリノベーション・プロジェクト)。キッチンの収納扉は壁面からどうしても張り出してしまうため、その境界に間接照明を入れ、ラインを柔らかな雰囲気にした。
構造上どうしてもキッチンの配置を変えられなかったため、カウンターをインテリアとして意識したシンボリックなものに。
LDKの吹き抜け空間。リノベーション前は階段(右手)から吹き抜けを囲む手すりがすべて鏡面ステンレスで、逆に吹き抜けのよさが阻害されていたそう。
リノベーション前は山田氏の後ろは壁で閉じられた寝室だったそう。その左にはベランダがある。視線が通るようになってさらに開放的な空間に。

住宅設計で万人にとって正解という解はない

――手がけられた住宅は、当然のことですがお施主さんによってデザインのスタイルがさまざまです。お施主さんの要望を形にするにあたって気をつけていることは何でしょう?

私は最初にお施主さんの要望や夢を、どんな些細なことでもすべて話してもらうようお願いしています。そこに矛盾があったとしても、全部いったん引き受ける。建築やインテリアでその矛盾を解決していけることが快感で、それが私にとってもお施主さんにとっても大きな喜びになる。また、プロだからこそ考えが閉鎖的になっていることもあって、お施主さんからいろいろな住まい方を教えてもらっているようなところもあります。そもそも建築家に住宅の設計を依頼するということは、オーダーメイドを求めていらっしゃるわけで、誰にとっても正解という解は基本的にはないと思っています。

――新築とリノベーションでお施主さんとの関わり方は違いますか?

実務的な話でいうと、リノベーションの場合は最初のプレゼンでプランを10案くらい提案します。自分の中では優先順位があるのですが、とにかく全案見ていただく。そうするとこちらが勝手に優先順位が低いと思っている案も、お客さんにとっては理想的だったりする。また、この案とこの案の組み合わせはどうだろうかとか、提案を見ながらひらめくこともある。そうやってたくさんのアイデアを一気にお見せすると、お客さんとしてもその中から自分の好みのものを選び取ることができるため、進行もスムーズになることが多いですし、いったん決めると後はちょっとしたマイナーチェンジで、ブレることが少ないように思います。

アトリエエツコの作品例。R100 tokyoのリノベーション・プロジェクト「パークサイドハウス02」(2020年)。
アトリエエツコの作品例。R100 tokyoのリノベーション・プロジェクト「削り磨きタイルの住まい」(2019年)。ⓒAtsushi Ishida
アトリエエツコの作品例。R100 tokyoのリノベーション・プロジェクト「ルーバーの住まい」(2018年)。ⓒAtsushi Ishida

一方、新築の場合は、最初のプレゼンで提案するのは1案かできても2案。新築はやはりボリュームに関わってくる空間の提案ですので、1回でOKをいただくこともあれば、別案を要望されることもあります。ただ、これまでになかった空間を生み出す楽しさがありますし、天井高などリノベではできないことができたりする。上棟したときに構造のピュアな感じを見ると鳥肌が立つほど嬉しいですね。いずれにしても、新築、リノベどちらもそれぞれ異なる楽しさがあります。

アトリエエツコの作品例。閑静な住宅街に建つ新築⼾建て住宅「⽊を抱く家」(2020年)。ⓒTakumi Ota
アトリエエツコの作品例。都内の新築⼾建て住宅「H邸」(2020年)。ⓒAtsushi Ishida

地域、気候、文化によって住まいも暮らし方も変わる

――ところで、山田さんにとっての「住宅の原風景」は兵庫のご実家とおっしゃっています。それはどのようなお住まいで、現在の山田さんのデザインにどのような影響を与えていますか?

実家は兵庫県のまわりが360度田んぼという片田舎にあり、大学に通うために家を出て一人暮らしをするまで、不動産屋さんの広告によく出てくる「日当たり良好」という文言がずっと理解できませんでした。朝、日が昇れば日没まで部屋に日が差すような周囲に何の障害物もない住宅で、窓を開け放てば風が通り抜ける。ところが、一人暮らしを始めるにあたって「ロフト付き」に惹かれて選んだアパートの一室は北向き、一日中ほとんど日が差さない部屋で、そのとき初めて「日当たり良好」の意味と、日本で南向きの住宅が好まれる理由を理解しました。

山田氏ご実家の窓からの風景。

一方、オランダをはじめ欧州では、家具や調度品、フローリングが日に焼けるのを忌避して北向きが好まれる。もっとも特にオランダは北欧に近く、夏は夜11時近くまで明るいという事情もあります。逆に冬は朝10時くらいに日が昇り、午後3時には暗くなってしまいます。気温も零下ですので室内の生活が長くなり、それだけ住宅内の充実が重要になる。要は地域、気候、文化によって「日当たり」に対する捉え方が変わるし、住宅、住まい方も変わるということで、それは新築でもリノベでも常に留意するようにしているところです。

――山田さんのリノベーションは、回遊動線、通風、採光といった点でもお客さまから高く評価されていると聞きました。

戸建てに比べるとマンションのリノベはいろいろな限界、制限があります。たとえば窓を開けて風を通すことが難しいなら、人が動いて空気の流れをつくればいいのではないか。そこで行き止まりのない空間にして、なんとなく人が動き回れる動線をつくればいいのではと考えたのです。そのためには、最近のマンションによくある廊下の両側に部屋があるようなレイアウトではなく、たとえば昔の日本家屋のように、部屋と部屋をつなげて開けて通り抜けられるようにすることもあります。家事動線という意味でも、ぐるぐる回れるようにしたほうが動きはスムーズで、実はそのほうがさっと避けられて衝突することも少ない。人の体で言ってみれば血管の流れをよくするようなもので、それは意識して考えるようにしていますね。

豊かさとは、住まいとそこに住む人の幸せな関係

――山田さんご自身のワーク・ライフ・バランスについてお聞かせください。

アトリエは自宅兼で、夫と9歳の娘とともに暮らす生活の場であり仕事場でもあります。私とスタッフ1名で回しているアトリエですが、普段は朝8時半スタート、夕方は6時とか7時くらいには切り上げるようにしています。仕事が残っていれば夕食後に私はアトリエに戻って続けたり、スタッフは家に持ち帰ることもありますが、できるだけ朝は早めに始め、夕方には終わらせるようにしています。それは多分最初に働き始めたのがオランダだったことが大きく影響していますね。向こうは生活をちゃんと楽しんだ上での仕事という、ワークとライフの切り替えがはっきりしていて、私にはそういうバランスの取り方が染み付いているのだと思います。

――そのアトリエ兼ご自宅は賃貸ですか?

そうです。築45年近くの4階建てマンションの最上階ワンフロアですが、コの字形の中庭が南向きに開いていて、まさに「日当たり良好」。傾斜地の上のほうに建っているため、隣接する一番高い建物も4階建てなのですが、こちらの3階くらいの高さで止まっているため、ほぼ360度見渡せます。

山田氏のアトリエ兼自宅の赤い扉と絵画。

――そうした暮らしの中で、山田さんにとっての豊かさとは何だと思われますか?

難しい質問ですね。とってつけたような話になるかもしれませんが、ひとつ最近あった出来事があります。今暮らしている家に住み始めて10年以上経つのですが、最初リビングに足を踏み入れたとき、そこに真っ赤な扉が2つあって、本当に赤くてなんとなく嫌だな、入居したらすぐに塗り替えようかと思っていました。ところが、住み始めてみるとどういうわけかその扉が好きになって、結局今もそのまま。それで先日、たまたま旧知の福津宣人さんというアーティストの個展があって訪れると、展示されている作品のひとつに、その扉の赤とそっくりの赤があったのです。即決で購入して、今その扉のそばに飾っています。絵画を買うのは初めてのことで、自分でも不思議なくらい嬉しかった。

思ったのは、住まいというのは体の一部のようになっていくもので、ここに住んでいなければそうはならなかったし、その絵を見たとき、出会ってしまったという実感があって、偶然だとしても住まいに引き寄せられたのではないか、住まいは人の人生を左右するのではないかと思った瞬間でした。その体験は、私にとって実に豊かなものでした。結局、住まいとそこに住む人の幸せな関係を実感することが豊かさなのではないでしょうか。

profile

山田悦子

1976年兵庫県生まれ。98年 広島工業大学環境学部環境デザイン学科卒業。同年The Berlage Institute Amsterdam (オランダ、アムステルダム)に留学。1999〜2004年 moriko kira architect (アムステルダム)勤務。07年アトリエエツコ一級建築士事務所設立。17年株式会社アトリエエツコ一級建築士事務所として法人化。マンション、戸建てのリノベーションのほか、新築戸建ても手がける。柔らかで優しい色使い、素材の使い方に定評がある一方で、大胆な空間構成も得意とする。

▶︎https://a-etsuko.jp

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