デザイナーのなかには、どの作品であっても一目見て誰とわかる明確な作風の持ち主もいる。二俣公一は、そんなデザイナーとは対照的な存在として位置づけられるだろう。1998年に活動を始めて以来、その姿勢はほとんど変わっていないようだ。たとえば住宅なら、環境や立地を見極め、施主の意向を重視したうえで、必要な機能をもらすことなく構成していく。結果としてできあがるのは、快適に暮らすための完成度を高いレベルでそなえた家。ただし同時に、二俣さんならではの発想がすべてに生かされている。彼が手がけたオパス有栖川の新しいコンセプトルームも、まさにそんな住まいだ。
いつも自然を感じながら暮らすには
「この物件はオパス有栖川の最上階にあり、かなり広いL字型のルーフバルコニーがあります。リノベーションの前に現地を見て、このテラスをどう生かすべきか、テラスに向けて室内がどうあるべきかを考えました」
二俣さんが今回のプロジェクトの主題としたルーフバルコニーは、リビングルームからダイニングスペースまでを取り囲むように位置している。バルコニーだけでも大人数で食事するのに十分な広さがあり、植栽を楽しむこともできる。こうした場のあり方から、浮かび上がったキーワードは「自然」だった。
「空を感じるのと同じように、自然を感じる環境を室内につくることはできないか。そこから、土に包まれる空間をまず思い描きました。ちょっと洞窟のようなイメージです。すると都市に住みながら、自然の中で暮らすような気持ちでいられる。都心と地方の2拠点生活もいいのですが、それとは違う快適さが提示できると考えました」
こうしたコンセプトから、室内を構成するのに多用したのは左官仕上げと天然木だ。左官の色合いは独特のベージュ系で、どこか土を思わせるテクスチャーとした。壁と床の境目の巾木や、壁と天井の間の見切り材も、左官の色合いをふまえた木を用いている。フローリングはオーク材でそれぞれに自然との結びつきを重視した。
「左官は壁から天井まですべて同じ色合いとテクスチャーで、あまり粗く仕上げず、磨きをかけて平滑にしました。手仕事の跡が残る仕上げは、光の加減によって表情が移り変わります。色は少し黄土色に近いベージュ。リビタのみなさんとも検討を重ねて決定しました。開口部の木枠は50mmほどの幅があり、見切り材は大きなアールを描くように用いたりと、左官材の雰囲気に合わせて有機的なディテールをつくっています」
リビングルームとルーフバルコニーとの境界には約50cm程度の段差がある。この高さの違いを、どのように前向きに生かすかを考え、二俣さんにあるアイデアがひらめいた。
「高低差に対して単に階段をつくるだけでは、外と内のつながりがうまくいかないと思いました。だから開口部の下に120mm厚のベンチのようなものをつくり、座ってもいいし、小物や本を置いてもいい、自由な場所にしたんです。ここはバルコニーと同じ高さなので、室内に外からの空間的流れをつくります」
これはあくまで「ベンチのようなもの」。腰掛けにも、収納にも、縁側としても使える、明確な名前をもたない建築的な造作だ。二俣さんの柔軟な発想は、こうして空間の課題を独自のやり方でクリアしていく。
「またルーフバルコニーとリビングを仕切るため、既存のアルミサッシに加えてスモークガラスの引き戸をつけました。日本の障子のイメージも重ねています。住む人が自分の手で引き戸を開閉することで、外部とのつながりや光の加減を調整できる。完全に閉じると、部屋のスケール感をキュッとダウンさせられます。こうしたことをアナログで行うのはどうか、という提案なんです」
大きな開口部をカーテンやブラインドで覆うのも選択肢だったが、それに対して障子のような引き戸は確かに理に適っている。また、昼と夜では見え方が変化するというおもしろさもある。夜間に引き戸を閉じ、サッシと引き戸の間の照明を灯すと、行燈のようにぼんやりとした光を屋内外で楽しめる。
「この引き戸の木のフレームは、機能上も必要なものですが、あえて存在感をもたせています。金物などを使い、もっと繊細に、ミニマルにもできますが、少しだけ力強さを出して他の木部と同様に、空間全体の土のイメージに近づけました」
自然、外部とのつながり、そして土のモチーフ。こうした要素が共通するこのコンセプトルームで、変化を感じさせるのは主寝室のインテリアだ。床は織りの大きなカーペットを敷き詰め、壁面には布クロスを採用。リビングやダイニングと近いトーンながら、わずかに空気感を変えてある。
「カーペットの触感は、足を踏み入れると同時にここがリラックスのための空間だと伝えてくれる。壁面も布クロスのほうがニュートラルで落ち着きがあります。木の使い方は他の部屋を踏襲し、関係性をもたせました」
この主寝室にもルーフバルコニーがあり、実際の広さ以上の開放感が漂う。またもう一方には小さなシャワールームをレイアウトした。「それとは別にメインのバスルームや洗面所も用意しました。動線を意図的に重複させて、多様な使い方に対応するようにしています」
機能をきっちり積み上げていくと装飾はいらない
二俣さんがこれまで手がけてきた個人住宅では、室内に白やグレーを多用したものが少なくない。それらに対して、このコンセプトルームではベージュの左官材とフローリングのオーク材の間の色や質感のグラデーションで空間が構成された。
「ニュートラルな状態を重視するのはいつも同じです。そこから白を選ぶこともありますが、この物件は外部や光との関係からしっかりと手をかけたほうがよく、左官が最も適していました。またオパス有栖川はアプローチから館内まで相当の量の石が使われています。その点もリンクしているのです」
彼がいう空間のニュートラルさに対して、このコンセプトルームのためにコーディネートされた家具やアートは、異なるレイヤーを重ねている。E&Yの松澤 剛の協力のもとで選ばれたもので、その考え方を二俣さんはこう説明する。
「僕にとっては、空間がハードウェアなら家具はソフトウェア。住みながら自由に組み合わせていいものであり、個人の好みがはっきり表れる部分です。だから空間と家具を完全に統合するのではなく、少し自由でいいんじゃないかと松澤さんに伝えました。たとえばリビングに置いた、フェイ・トゥーグッドのラウンジチェア。プロダクトとして強いデザインを、この空間が受け止めているのがおもしろいと思います」
一方でダイニングスペースでは、二俣さんが2022年にE&Yから発表した椅子「エスカー」を、空間に合わせた色に仕上げたものを用いた。家具ごとに、空間に添わせるものと、それとは違う観点で合わせるものを、検討を重ねてちりばめていったという。
この新しいコンセプトルームにおいて二俣さんは、さまざまなスケールからそこに住む人の暮らしを想定し、具体的に形にしてきた。彼の話を聞くと、それが細やかで気の遠くなるようなプロセスだったのがわかる。
「僕がいつも考えているのは、必要なものや機能をちゃんと積み上げていくと、無駄ひとつないデザインとしてすべてが生きてくるということ。意匠的な装飾をプラスしなくても価値をもつんです」
そんな緻密な「積み上げ」を、効率やスピードのために省いたとしても、人が住む場所をつくることはできる。しかしそこに、本質的な豊かさが宿るだろうか。
「要素が多いから豊かだとは言えないとしても、あまりに合理的な空間は住みにくくなってしまいます。人間はそれほど合理的ではないと僕は思うし、いろんな好みや課題が混ざり合っているのが生活ですよね。住空間には、こんな状態を受け入れる余白がほしい」
都心にいながら自然を感じて過ごせる住まいには、二俣さんのデザイン・フィロソフィが隅々にまで生かされた。それは理想の暮らしのイメージをきわめて自由に、誰にとっても心地よいものへと広げてくれる。
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空間・プロダクトデザイナー、神戸芸術工科大学客員教授。福岡と東京を拠点に、空間設計を軸とする〈CASE-REAL〉と、プロダクトデザインに特化する〈KOICHI FUTATSUMATA STUDIO 〉を主宰。国内外でインテリア・建築・家具・プロダクトなど幅広い分野でデザインを手がける。作品の一部は、サンフランシスコ近代美術館の永久所蔵品となっているほか、JCDアワード(現・日本空間デザイン賞)、FRAMEアワード、Design Anthologyアワードなど、多数の受賞歴をもつ。