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“正直なデザイン”を標榜する建築家、芦沢啓治の理念と仕事とは
Focus on Designer

“正直なデザイン”を標榜する建築家、芦沢啓治の理念と仕事とは

「“正直なデザイン”とは、建築やデザインのあるべき姿を日々探究すること」——建築家・芦沢啓治氏の理念と仕事

デザインによって「より豊かな暮らし」の実現に寄与する人物を紹介する「Focus on Designer」。4回目は“正直なデザイン”を標榜する建築家・芦沢啓治氏。建築、インテリアはもちろん、家具や照明などプロダクトデザインでもその才能をいかんなく発揮。建築家として真に誠実であるか、常に自問し続ける氏が、その多彩な活動に通底する哲学と“豊かな暮らし”について語ってくれた。

Text by Mikio Kuranishi
Photographs by Mori Koda

建築、デザインのプロとして活躍するほか、製品になる前の試作品を集めた「PROTOTYPE展」や期間限定のギャラリー「DESIGN小石川」のプロデュース、運営、あるいはボランティア活動からスタートして事業化にまで至った「石巻工房」など、芦沢啓治氏の活動はまさに千姿万態。さまざまなプロジェクトはどのような経緯や背景で生まれ、そして拡大していったのだろうか。

——世の中に設計事務所と名のつく会社は数多ありますが、芦沢啓治建築設計事務所がほかと違う点、あるいは強みとしているところ、目指しているものなどについてお聞かせください。

今回お話をうかがったのは、文京区小石川のスタジオから徒歩3分のところにある石巻工房東京ショールーム。

手掛ける領域が建築にとどまらないということでしょうか。軸足は常に建築に置いていますが、どこまでもディテールを詰めていける、場合によっては小さなプロダクトまで自分たちで作るスキルを持っている……そういった部分が強みだと思います。実際、ランドスケープから最終的にはスタイリング、ブランディングまでコントロールできますから、依頼される仕事の幅も広い。事務所にグラフィックやランドスケープのデザイナーがいるわけではありませんが、プロジェクトごとに優秀なデザイナーたちとコラボレートし、チームとして一つの仕事をしてきた実績が評価されているのだと思います。

——具体的にはどのようなプロジェクトでしょう?

ホテルの仕事は、まさにそのいい例で、空間をデザインするというよりは全体的なイメージをつくる感覚で細部にまで目を光らせます。例えば2020年2月にオープンした「ナインアワーズ 名古屋駅」のプロジェクトでは、インテリアに使用する素材や色、光に注目し、それぞれのディテールや組み合わせを徹底的に検討しました。そうすることで結果的に空間の質が高くなるし、まさにそれが僕たちが目指しているところなのです。

今年2月に開業した「ナインアワーズ 名古屋駅」。Photo: Nacasa and Partners
「ナインアワーズ 名古屋駅」屋上のペントハウス型ラウンジ。Photo: Nacasa and Partners

——ボランティア活動からスタートした「石巻工房」や、まちおこし的な意味も持っていた「DESIGN小石川」。こういったいわゆる社会貢献型の活動というのは、どのような経緯から生まれたものですか?

石巻工房のきっかけは、震災の少し前に僕がリニューアルを手掛けた知人の小料理屋が被災したことでした。ボランティアとしてすぐに現地に入って、最初は片付けなどを手伝っていたのですが、何度か通ううちに、ふと「自分は建築のプロだ、プロとしてやるべきことを考えてもいいのではないか」と思うようになりました。

ご存じのように石巻の被害は壊滅的で、行政がいつ対応に来てくれるのかなどまったく読めませんでした。それならDIYで、自分たちで修復・再建する手助けができるのではないか。そこで、知り合いの建築家やデザイナー、職人さんなどに声をかけ、道具や材料を町の人たちに提供する場をつくり始めたのです。

大切なのは、若い人たちが元気になって、何かやってみようと思えるかどうかです。それが本当の意味での町の復興になるはずだと思ったとき、例えば劇場や美術館の大道具のように、何かあればすぐに役に立つような存在をイメージしていました。それから、始めたからには長く継続させたいということも強く思いましたね。

小石川の石巻工房東京ショールーム前でくつろぐ芦沢さん。打ち解けた雰囲気に、近所の子どもたちが遊びに来ることも。

——3年後には法人化されましたが、現在はどのような関わり方をされていますか?

あるタイミングで、長く継続的な活動にするためには事業化したほうがいいと感じたのです。現在も共同代表として商品開発やイベントの企画、コミュニケーションなど、「石巻工房」というブランドをどう育てるかを、日々考えていますね。365日ほぼ毎日、石巻とは連絡を取り合っています。

最近の重要な活動としては、石巻工房のデザインを海外のパートナーが作り現地で販売する「メイド・イン・ローカル」というプロジェクトが挙げられます。おそらくこれが石巻工房の経営を安定させることになると思っています。これまでロンドン、マニラ、ベルリン、デトロイトのパートナーが活動中で、今年新たに他の2つの国のパートナーと契約することになっています。

「メイド・イン・ローカル」のマニラのパートナーLAMANAが現地生産、現地販売を行なっている石巻工房の家具。Photo:Campfire Media
LAMANAの職人と現地生産による石巻工房AA STOOL。Photo:Campfire Media

このプロジェクトの面白いところは、「僕たちのデザインしたものだけ作ってください」とは決して言わないことです。彼らが独自に商品を作ってもかまわない。それが石巻工房とのコミュニケーションの中から生まれたものなら、それこそ「メイド・イン・ローカル」の思想、目指したところにほかならないからです。今回のコロナ禍で、モノづくりの分断のようなことが指摘されていますが、一方で、そもそも自分の国のモノづくりは大丈夫なのだろうか、と再考させられもしました。そう考えたとき、このプロジェクトはかなりユニークな活動になる、と改めて思いました。

場所があるだけで変わることはたくさんある

——一方「DESIGN小石川」はどういった活動だったのでしょうか?

僕がここ文京区小石川を活動の拠点にして15年近く経ちます。石巻工房に結構どっぷり関わるなかで、ふと自分の足元を見つめたとき、僕は今この場所に何か貢献しているのだろうか? 石巻へ行ってローカルが大事だと言っている割に、自分の足元はどうなっているのか……? そう思って周りを見渡すと、空室になったままオーナーさんは何もせず、ただ手をこまねいているというような場所があちこちにあったのです。

立地としては3駅4線利用できる便利な場所ということもあって、徐々に再開発が進んでいます。そこで考えたのが、ここで石巻工房と同じようなことができないかということです。そう思ったタイミングで幸運な出会いがあって、もう何年も空き家になっていたオフィスビルのワンフロアを、期間限定で借りることができたというのが経緯です。

実は、当初は具体的な目的があったわけではないのです。ただ、石巻工房の経験から、場所があることで変わることはたくさんある、という気付きはありました。ここも、まず場所だけ借りて、あとは自分が好きな作家、クリエイターの展覧会を開催したり、これまで適切な場所がなくて発表できなかった人に貸せるような空間をつくればいい。それが、再開発が進むこの街のクリエイティブな起爆剤になりうるのではないかと考えたのです。2年間限定だったからできたというのもありますが、いずれにしてもとても面白い体験でしたね。

建築家、デザイナーはプロとして正しい判断ができる人間でなければならない

——芦沢さんが標榜されている「正直なデザイン」についてお聞かせください。

僕が大学で建築を学び始めたのが、まだバブルの香りが残るタイミングで、とんでもない奇想の建築で話題になった建築家などを見てきたことがベースにあるかもしれません。当時は、話題作りのためだけで格好だけはいい……という建築があちこちに建ち、住宅などでは、何も知らずに買った人はとても住めるような家ではなかったり。そういう実態を見てきて、建築家やデザイナーは、プロとして正しい判断ができる人間でなければならない、社会に対するメッセージとして誠実に対応していると伝えていかなければ、という思いが強くありました。

モノづくりや建築のプランに対して、強いこだわりをもつことは大事だけど、それがちゃんと役に立つのかということに対しては真摯に向き合わなければならない。そこは、自分で自分を戒めるという意味もあって「正直なデザイン」を標榜してきたところがあります。

それから「正直」というのは、自分に対して素直になるというよりは、建築やデザインの本来あるべき姿を意図していて、それを日々探究していく作業なのだと思っています。ですから「正直なデザイン=○○」という定式はありません。

——それを象徴するようなプロジェクトの事例がありますか?

例えば昨年「リアージュ砧テラス」という集合住宅のリノベーションを手掛けましたが、この集合住宅の最大の魅力はランドスケープでした。敷地中央を走る中庭が豊かなものにならなければ、このプロジェクト自体、豊かなものにならない。そこでトータルプロデューサとして、ランドスケープデザインにかなりコミットしました。建築家として建物とインテリアだけ専念すればいいという考え方もあるかもしれませんが、このプロジェクトの本質は、中庭抜きでは考えられません。それは僕の本職ではないかもしれませんが、そういう部分まできちんとコントロールすることが、建築家として誠実な態度だと思うのです。

※「リアージュ砧テラス」https://kinutaterrace.com/

総住戸数36の集合住宅「リアージュ砧テラス」の中庭風景。Photo: Jonas Bjerre-Poulse
2住戸については、芦沢啓治建築設計事務所とデンマークの設計事務所ノーム・アーキテクツ(Norm Architects)が家具も含めたインテリア全般をデザインしている。Photo: Jonas Bjerre-Poulse
2住戸のためにデザインされた家具は「カリモクケーススタディ」コレクション(https://www.karimoku-casestudy.com)として販売されている。Photo: Jonas Bjerre-Poulse

居住空間で大切なのは、家族一人ひとりに居場所があること

——芦沢さんの日常生活、生活空間についてお聞かせください。また、そこで大切にされているものは何でしょうか?

現在、一軒家を借りていて、少しずつ手を入れながらそれなりに快適に暮らしているつもりです。夫婦子どもの4人暮らしですが、大切にしているもの……例えば、4人がリビングダイニングで過ごしているとき、4人それぞれの居場所がそこにある状態が心地いいな、と思います。もちろん物理的な広さも関係してきますが、それぞれが居心地よく自分の体勢になれることが大切かな、と。そういう観点から言うと、家具って結構重要なんです。例えばラウンジチェアが1脚あるだけで、一人分の居場所ができます。できたらそばにサイドテーブルを置いて、好きな飲み物を飲みながら本を読むとか、理想的ですね。

——今のお話に繋がってくると思いますが、芦沢さんにとって「豊かな暮らし」とは何でしょう。

「豊かな暮らし」というのは、豊かに暮らしたいと思うこと自体がまず重要ですよね。人生の楽しみ方が人それぞれ異なるように、どんなことが暮らしにおける豊かさなのかも、人によってそれぞれ違う。僕は、そこは貪欲であっていいと思います。

日本には、どうもそういうところに社会的な抑圧というか、同調圧力のようなものがあるように感じていて、そこは変えていかないといけない部分かな、と考えています。同時に、そういう貪欲さがある人が豊かな生活をしているような気もしますし、僕はそういう人たちのお手伝いをしているのかなとも思っています。

profile

芦沢啓治

1996年横浜国立大学建築学科卒業。卒業後、建築家としてのキャリアをスタートし、super robotでの数年間にわたる家具制作を経て、2005年芦沢啓治建築設計事務所設立。11年東日本大震災を受け地域社会自立支援型公共空間、石巻工房を創立。14年石巻工房を家具ブランドとして法人化。建築、インテリアだけにとどまらず、カリモク、IKEAなどの家具ブランドとの協業や、Panasonic homesとのパイロット建築プロジェクトなど幅広い分野で活動。建築、リノベーションから照明・家具デザインに一貫するフィロソフィー「正直なデザイン/Honest Design」から生み出される作品は、国内外から高く評価されている。

▶︎http://www.keijidesign.com/
▶︎http://ishinomaki-lab.org/
Instagram@keijiashizawadesign

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