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古くて新しい、マルニ木工「トラディション」が生み出す愛着
デザイン思考|Design Thinking

古くて新しい、マルニ木工「トラディション」が生み出す愛着

相馬英俊が語る、トラディションとその再解釈

国内外の著名デザイナーを起用した家具で知られているマルニ木工。その高度な木工技術のベースにあるのは、1960年代から西洋のクラシック家具を規範として自社でデザインした「トラディション」と呼ばれる製品群だった。昨年秋、そのコレクションを再編集した新しいラインアップが発表された。プロジェクトをディレクションする相馬英俊に、年月を経た家具を新たに発信する意味と、それが暮らしにもたらすものについて尋ねた。

Text by Takahiro Tsuchida
Edit by Masato Kawai(BUNDLESTUDIO Inc.)
Photographs by Satoshi Nagare

次世代に続くものづくりの支柱「トラディション」

マルニ木工と聞くと、深澤直人がデザインした「HIROSHIMA」アームチェアを思い浮かべる人は多いだろう。2008年に発表されたこの椅子は、やがて日本を代表する一脚になった。「HIROSHIMA」からスタートした「MARUNI COLLECTION」は、2011年にイギリスのジャスパー・モリソンを、2022年にデンマークのセシリエ・マンツを起用。充実したラインアップへと成長し、現在はマルニ木工のビジネスの中核に位置づけられている。

しかし「HIROSHIMA」がヒットするまで、マルニ木工の家具の大半は「トラディション」と呼ばれるヨーロッパ風のクラシック家具だった。1960年代以降、日本の暮らしの西洋化が進むなかで、装飾的なクラシック家具は憧れの対象となる。婚礼家具ブームや80年代のバブル景気などさまざまな追い風もあり、当時の百貨店の家具売り場はそのような製品で占められた。この傾向は徐々に勢いが衰えながらも2000年代まで続く。

マルニ木工のトラディション家具。ガラス張りのキャビネット・椅子ともに現行品。キャビネットの背面にリバティの壁紙を貼って装飾性を高めた。リバティの張地を張った「メリル パーソナルチェア」。
中央の「エミール ソファ」やパーティションにリバティを使用。ソファの張地はシノワズリ柄で、柄合わせにマルニ木工の若い職人のセンスを生かした。

1968年発表の「ベルサイユ」や、1974年発表の「エドワード チェア」をはじめ、マルニ木工は装飾的な家具を次々に発表して実績を上げていった。それらはインハウスデザイナーたちがヨーロッパの家具を規範としながら、日本の住宅事情もふまえてアレンジし、実用性を高めたものだった。ただしクラシック調の家具に欠かせない複雑な造形を実現するには、高い技術力が欠かせない。そのため海外から輸入した工作機械を社内にある鉄工所で独自にカスタマイズし、クオリティの向上と製造の効率化を常に図ってきたという。

「MARUNI COLLECTION」が成功を収めるのと前後して、ライフスタイルの変化を受け、市場の中でトラディションの存在感は薄くなっていった。ただし、同社のデザイン力と技術力のベースが、ここにあるのは間違いない。「MARUNI COLLECTION」もまた、その蓄積を現代のデザイナーが新たに解釈することで誕生したものでもあった。

2028年に創業100年を迎えるマルニ木工は、今、あらためてトラディションに向き合っている。そのディレクションをトータルに手がけるのが相馬英俊。彼は2000年代から伊勢丹新宿店でインテリア関連のバイヤーとして数々の名企画を担当した後、現在はデザインスタジオ「nendo」のデザインディレクターとしても活躍している。伊勢丹時代には、マルニ木工とコラボレーションした企画を何度も手がけた。つまりデザインの「売り方」にも「つくり方」にも精通している人物だ。

「僕が自宅で使っている家具に、たまたまマルニ木工の古いものがいくつかありました。たとえばアメリカに長く住んだ叔母の家にいいソファがあって、それを譲ってもらい、アメリカ製だと思い込んで使っていたんです。マルニ木工の山中 武さんが自宅に遊びにきたとき、アメリカのものですが修理してほしいと頼んだら、実はマルニ木工のものだった(笑)。そんなこともあって、クラシックな家具がなんとなく好きだという話は以前からマルニ木工さんにしていました」

ディレクターを務める相馬さん。「マルニ木工にしかないユニークポイントをどうアジャストしていくかを考えました。そこにはnendoの経験が生きています」と話す。

「もうすぐ100周年を迎えるマルニ木工が次の100年も続くものづくりをしていくには、トラディションは欠かせないということ。そして、インテリアのなかの選択肢をもっと広げたいということ。そのふたつを大事なテーマとして今回のプロジェクトに取り組みました。シンプルでクリーンな家具とも、安価な使い捨ての家具とも違う、長く作り続けられ、使い続けられる家具の提案です」

歴史あるデザインを現代によみがえらせる新旧の技術

マルニ木工の直営店「maruni tokyo」では2024年秋に「Manufacture -Allure of Tradition-」と銘打って新しいトラディション家具の展示を開催。その空間は、白一色の壁を背景にコンテンポラリーな家具が並ぶいつもの様子とは様変わりし、グラフィカルなテキスタイルも多用して、それぞれに表情豊かなトラディション家具がレイアウトされた。1階は、サロン、カフェ、バーカウンターのような設えをコーナーごとに演出した。たとえばカフェテーブルに合わせた8脚の椅子は、1974年以来のロングセラーである「エドワード チェア」。ただしすべてが同じ趣ではない。

それぞれに個性のある8脚の「エドワード チェア」は、あえて金属の脚部のカフェテーブルに合わせた。

「家具をコーディネートするときに『全部揃えるべき』という考え方を1度払拭してみようと思いました。ここに並んだ8脚のエドワード チェアのうち、1脚は昔つくられた古いものを修理したもの、もう1脚はグリーンに塗装したもの、他の6脚もあえて張地(はりじ)に変化をつけています。表情は違うけれど何かつながっている感じを意識しました」と相馬さんは話す。

張地は今回、すべてイギリスのリバティから選んだ。19世紀末からアーツ&クラフツ運動を率いたウィリアム・モリスのデザインをはじめ、モダニズム以前のテキスタイル文化を現在に伝えるテキスタイルブランドだ。またそのルーツにおいては、東洋からのインスピレーションが生かされたことでも知られる。

エドワード チェアはクラッシックな装飾を凝らしたダイニング向きの椅子。座面、背もたれ、背の裏側に異なるリバティの張地を使用している。

バーカウンターで用いられている椅子は2種類。ひとつは「ベルサイユ スツール」で、トラディションの中心的シリーズであるベルサイユのダイニングテーブルの脚部を転用した。この形状は猫脚またはカブリオールレッグと呼ばれるもので、クラシック家具の代名詞だ。新たにスツールをつくるにあたっては、座面の下部にも曲線を取り入れ、ベルベットの張地を鋲(びょう)とボタンで固定した。もうひとつの「エジンバラ スツール」は、1967年発表のシリーズ「エジンバラ」の特徴あるねじり脚を取り入れたスツールだ。こちらも側面は鋲留めにしている。

半円形のバーカウンターの前にあるのはベルサイユ スツールとエジンバラ スツール。壁面はマルニ木工の家具のパーツにペイントを施してコラージュした。造作家具や会場の施工もすべてマルニ木工が行った。
ベルサイユ スツールは、ベルサイユシリーズのダイニングテーブルの脚部を転用した新しいアイテム。座面下の曲線や、その上の鋲打ちなど、決して手を抜かない職人気質を感じる。
エジンバラ スツールは、捻ったような装飾を施したパーツが特徴。この形状はイギリス発祥のものとされる。
マルニ木工のエジンバラチェアは1967年のデザイン。

「トラディションはマルニ木工の基礎を築いたものなので、そのデザインにインハウスのデザイナーが手を加えるのは難しい。先輩の偉大な仕事ですから、怖いことなんです。だから僕のような外部の人間が必要だったとも言える。今回、展示した家具にゼロからデザインを起こしたものはありません。マルニ木工がもつ技術と過去に生み出した意匠を、現在のインハウスデザイナーが表現するのが大きなテーマなのです」

地下の展示では、広島にあるマルニ木工の工場の様子が部分的に再現され、トラディション家具が無数のノウハウによって裏づけられていることを伝えた。たとえば「アントワーヌ ソファ」はアシンメトリーの優美な造形が特徴。このデザインを実現するには、難易度の高いファブリックの張り込みが不可欠だった。

トラディションの家具でプライベートな空間を構成した「Manufacture -Allure of Tradition-」の地下の展示。
アントワーヌ ソファは、厚いクッション材を張地で覆ってボタン留めするため、独特の職人技を要する。日本でこの技をもつ家具会社は2社しかないという。

「襞(ひだ)が深く奥行き感のあるボタン締めができるのは、マルニ木工でも60歳を超えた職人がひとりだけ。その人を再雇用して、20代の女性の職人がその技を引き継ぎ、完成させることができました。1960年代にデザインされたものですが当時は製品化されず、アーカイブにあった図面を見つけたんです。ぜひやりたいということで、型を新たに起こして試作を行い、本生産へとたどり着きました」

会場の一角には、家具材としては小さすぎる木材が積み上げられた。これは今回の新しいトラディション家具の大部分に使われた材料だ。この木片をフィンガージョイントで接合し、さらに大きなピースへと接着して、家具に使用したのだ。マルニ木工では、オーク、ビーチ、ウォルナットといった材木のなかでも特に品質の高いものを調達して家具づくりを行う。その過程でどうしても生まれる端材は、いままで燃料以外の使い道が見出せなかった。しかし昨年春に新しい機械を導入し、こうした小さな木材を家具のパーツとして活用できるようにした。これを社内では縦継ぎ材と呼んでおり、無垢材と同じように切削加工できる。

工場で出る小さな木材も、材料としては上質なもの。これが家具のパーツとして活用されることになった。
端材からつくったパーツには木目の違いが現れてユニークな表情を生む。
今回の展示では、異なる樹種の端材を用いた縦継ぎ材によって個性をわかりやすくした。通常は同じ樹種から縦継ぎ材をつくっている。

「マグロから大トロを取った後に出る中落ちのようなもので、木としての品質は申し分ありません。最初は家具にしたときにどう見えるか不安でしたが、つくってみたら誰もが自信をもって『いい』と言えるものになった。このパーツをつくる機械はハイテクとも言えますが、木と木をどんな並びで、どんな向きで機械に入れるかを判断するのは人です。その技がマルニ木工らしさになる。職人魂と言うと大げさですが、木、家具、ものづくりが本当に好きな人が集まった会社なんです」

マルニ木工でしか生み出せない“積み重ね”による愛着

開発当時の図面などに基づいて復刻されたアルバート ウィングチェア。今回の展示ではトレンドも意識してグリーン系のテキスタイルが多用された。

「Manufacture -Allure of Tradition-」で見られた多様な造形、色彩、絵柄、そして縦継ぎ材の組み合わせ。トラディションの家具には、現在の家具のデザインのなかで忘れられかけていた、華やかな個性を伴った魅力がある。その豊かさゆえに、張地選びから空間全体のコーディネートに至るまで楽しみが広がっていく。

「ただし営業の担当者は悩ましいでしょうね。モダンな椅子なら選択肢は木の材質と張地のトーンくらいですが、トラディションは張地の柄だけで選び切れないほどある。柄合わせやパイピングの色も考えるとバリエーションは無限大です。今回の展示では、だからといって外部のデザイナーを起用せず、僕が言葉でディレクションしながら何事もインハウスデザイナーと一緒に進めていきました。

マルニ木工は深澤直人やジャスパー・モリソンの依頼を受けて家具をつくる会社だと思われているケースもあります。でももともとは、デザインから製造まで社内で一貫生産していました」

1970年代に製造していたラウンジチェア、マドレーヌのクッション部分にモザイクタイルをあしらった作品。イタリア在住のモザイクアーティスト、永井友紀子が制作した。

トラディションの再解釈を進めるなか、若い世代のインハウスデザイナーの成長を相馬さんは実感したという。ベテランの職人もまた、この新しい試みに参加し、満足したようだ。「普段は気難しい職人さんも、これは欲しいと言ってくれた」と相馬さん。自分たちの力でつくった家具だということが社内で共有され、いっそう大きな力を発揮していった。

トラディションの家具には、暮らしに愛着をもつための理由が凝縮しているかのようだ。クラシックな家具のルーツに学び、そのデザインを長期間にわたって受け継ぎ、つくり続ける姿勢。その技術を世代を超えて継承する職人と、ものづくりを支える多くの人々。マルニ木工の底力が、一連の家具に反映されている。

「トラディションのデザインには、いつの間にか積み重なっているものがあるから、どこか懐かしい。年月の積み重ねは何ものにも代え難いということです。それが愛着になるんでしょうね」

企業情報

マルニ木工
▶︎ https://www.maruni.com/jp/

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