長く大切に使い続けてもらうための“なおすマルニ”
家具が壊れたら、修理して再び使う。そんな発想を持つ人は現代の日本にどのくらいいるのだろうか。ヨーロッパには愛用する家具を家族や知人で受け継ぐ風習があり、多くの住まいに修理や塗装、生地の張り替えをしながら使い続けている古い家具があるという。一方の日本では、最近でこそアンティーク家具やヴィンテージ家具が注目されつつあるものの、実際に手持ちの家具を修理しながら使い続けている人はまだごく少数だ。
古き良き時代に生まれたからこそ備わる家具のポテンシャル、長年使い込まれた証しである木や革の美しい艶、故意に作ろうと思っても出せない使い手の手跡……40年、50年と愛された家具には、独自の魅力が宿っている。通常はマイナス要素になりがちな傷や汚れであっても、そこに思い出が伴えば、ほかには代えられない唯一無二の宝物となる。そう考えると、家具をメンテナンスしながら長く使い続けることには、大きな価値が感じられるだろう。
そんな“家具をなおすことの価値”に、真摯に向き合う木製家具の修理専門会社がある。茨城県坂東市の工房を拠点に、木部の修理から塗装、生地や籐木工技術を培ってきたメーカーだ。
「マルニグループのなかでのマルニファニシングは、家具を使い続けてもらうための“なおすマルニ”を担っています。約50年前に設立された当初は業務用家具の専門メーカーで、主にレストランやホテルからの特注家具を作っていました。その後、納品先からのメンテナンス依頼が増えたことから、修理部が発足。今では修理を主体とした専門会社にシフトチェンジしています」と話すのは、マルニ木工とマルニファニシングの代表取締役社長を兼任する山中 洋さんだ。
2棟で構成された工房を訪れると、2階建ての建物の入り口近くに修理を待つ家具がずらりと並んでいた。消耗の激しいレストランやホテルの家具修理が多いというが、個人からの修理依頼にも1点から対応している。
「ここに持ち込まれる家具の状態は、たとえ同じ製品であってもそれぞれに異なります。さらに、お客さまによってあえて残したい傷があったり、予算の関係ですべてではなく一部のみの張り替えを希望されたりと、修理への要望はさまざま。職人はどこをどのようになおすのか自らの目で見極め、ほとんどの工程を手作業で行っています」
修理にはいくつもの工程があり、解体、木部の修理、塗装、ウレタン接着、張り地の裁断、張り込みなどを社内で分業している。その作業を見学させてもらうと、長く愛される良い家具の背景には必ず、腕の良い職人が存在することが改めて感じられた。マルニ木工の卓越したノウハウがベースにあるとはいえ、一つひとつの家具に丁寧に向き合う修理作業には、新たな家具を生み出す以上の手間暇が必要となる。それだけに、“長く大切に使い続けてほしい”というメッセージがひしひしと伝わる。
張り地を裁断する工房2階のコーナーには、壁際にずらりと張り地の型紙が並んでいた。長い歴史を持つマルニ木工の修理専門会社として、同社が大切に保管しているのがこの型紙だ。これまで無数の製品を生み出してきたことに加え、同じ製品でもマイナーチェンジを重ねていくため、型紙の数は膨大になっている。
「自分たちが生み出した家具を自分たちの手で修理する。その一番の利点は、手早く安くなおせることにあります。知識や技術はもちろんですが、何より型紙があると修理が早い。うちは他社の製品の修理や張り替えも請け負っていますが、その場合は既存家具の生地を外し、そこから型紙を起こすことになり、やはり時間もコストもかかります。そうすると修理することへのハードルが高くなりますよね。もっと気軽に修理してほしいと考えているからこそ、型紙は財産ですね」
なおして使い続ける発想を広めたい
マルニファニシングで修理を待つ家具はどれも、使い手の思い入れが詰まったものばかり。もう成人した子どもが幼い頃に落書きしたもの、祖父母の家から譲り受けたなじみ深いものなど、どの家具にも家族の物語があり、壊れたからといって簡単に捨てられるものではない。
「お客さまはよく、修理してくれるところがあってよかったと言ってくださいます。修理したいと思っても、どこにどう頼めばいいのか分からないという声が多いんです。実際、きちんと作られた家具はそう簡単には壊れませんから、修理が必要になるのは買ってから数十年が経ってから。いつどこで買ったのか、どこのメーカーのものかなんて、分からなくなってしまっているのが普通なんでしょう」
それゆえに、この工房までたどり着くことができた家具はごく一部であることが想像できる。家具が壊れたとき、買い換えるのではなくなおして使い続けるという選択肢を持てる人は、やはりまだまだ少ないのだろう。
「きちんと作られた家具は修理が可能なこと、適切なメンテナンスをすれば寿命が延びること、見違えるほど綺麗に生まれ変わることが、日本ではほとんど認知されていないと日々感じています」
「まずは家具をなおして使い続けるという発想をもっと多くの人に広めなければ。使い手には長く家具と付き合ってほしいし、私たちはそれを可能にするための体制を持っているんだから、とにかく知ってもらうことが大切になります。そのうえで、ゆくゆくは家具修理を暮らしに欠かせないインフラにしていきたいと考えています」
そんな想いを込めて、2022年からマルニファニシングの新たな挑戦がスタートした。
年月を経た家具に手を加え、現代の暮らしに沿うものへと生まれ変わらせる「リノベーション家具」のプロジェクトだ。単に修理するだけではなく、独自の視点で塗装や張り地にアレンジを加えて家具をアップデート。既存家具の魅力に現代の職人の技術や感性を掛け合わせた1点ものの家具を販売し、なおして使い続けることの魅力を発信している。
古い家具に新たな価値をつけるリノベーション家具
リノベーション家具が生まれた背景には、ほかにも山中さんの強い想いがあるという。
「ここには長年使われてきた家具の良さを引き出しながら、的確に手を加えて修理するという一流の職人技術があります。だけど一方で、立ち位置はあくまでもマルニ木工の修理専門会社であり、どうしても受け身になっていました。だから、職人技術を生かしながら、マルニファニシングならではの積極的な発信ができないかとずっと模索しました」
「マルニ木工の家具はどれも過剰品質といわれるほどで、材料だけで考えても樹齢100年近い貴重な木材を使っていたりするんです。マグロでたとえると中トロや大トロに当たる材だけを使っているものも少なくありません。そんな家具を、数十年で行き場のないものにしてしまうことは決して許されることではない。こだわりを持ってものづくりをしてきたからこそ、使い手がきちんと次の世代に引き継ぐことができるような体制や受け口を整えることもまた、私たちの使命だと思うんです」
マルニファニシングとして、家具を長く引き継いでいく一つの方法を具体的なかたちで示したい。そう考えて試験的にスタートしたのが、このリノベーション家具のプロジェクトなのだ。
取っかかりとしてリノベーション家具の対象にしたのは、「オールドマルニ」の愛称で知られる孔雀のロゴマークが付いた家具。マルニ木工は100年近い歴史のなかで何度かロゴマークを変えているが、1952〜1975年のミッドセンチュリー期にこの孔雀マークを使っていた。
「半世紀以上前に作られたものばかりですが、特にこの時代の家具からは力強さや勢いが感じられるんです。木材も今の時代では考えられないほどに贅沢な使い方だったり、高価な銘木を使っていたり。いい材料で一つひとつ丁寧に作られているから、躯体もしっかりしていて頑丈です。だからこそ、新たな価値を加えて後世に受け継ぐのにふさわしい」
たとえば1971年発売の「ショパン」シリーズには、現代では入手困難な銘木のカリン材が使われている。カリン材は非常に硬く家具に使えるようなものではないというのが当時の通説だったが、マルニ木工の創業者である山中武夫さんが職人技術を駆使して曲げ加工を実現。硬く強度のある材なため細くても荷重を支えることができ、ほかにはない繊細なラインが特徴のエレガントなチェアが生み出された。
「古いショパンを見つけたときは、これほどなおし甲斐がある家具はないだろうと思いました。カリン材は木目や色艶も美しい材です。使い古したままだとボロボロに見えるかもしれませんが、きちんとメンテナンスをするととても綺麗になるんです。既存の材やフォルムを際立たせるため、上質だけれども主張しすぎない無地のファブリックを新たに合わせ、佇まいそのものがより美しくなるようリノベーションしました」
また、1967年に発売された「エジンバラ」は、太い木材を螺旋状に削った脚部がシリーズ共通の特徴だ。
「はっきり言って、今じゃ絶対に作らないようなデザインですね。従来の機械でこのように削ることはできず、当時、加工用機械をオリジナルで作り出すためにあった鉄鋼部の職人さんが試行錯誤し、エジンバラ専用の機械をアレンジしたと聞いています。最近のミニマル志向のデザインでは無駄だと思われるような装飾かもしれませんが、そこにこだわっているところが今見ても面白い」
リノベーションによりブルーグレーのベルベットに張り替えられたアームチェアや、元の艶のある塗装をはがし、ほのかに白くマットな仕上げが施されたサイドテーブルは、エジンバラならではの華やかさを備えながらも驚くほどにモダンだ。現代の住まいに新鮮な印象をもたらし、主役となる特別な存在感を放つだろう。
古き良き時代の家具に備わる魅力はできる限り生かし、デザインで新たなバランスを生み出すリノベーション家具。どの部分にどのように手を加えるのかについては、毎回非常に悩ましい議題だというが、単純に元の状態に近づける修理ではなく、あえてアレンジに挑戦している理由はどんなところにあるのだろうか。
「一つひとつ社内で相談しながら決めていますが、アレンジの選択肢は無限ですし、そもそもアレンジすべきなのかどうかも含めて正解は分かりません。ただ、少し味付けすることでより現代の暮らしに受け入れてもらいやすくなるといいなと思っています。古い家具に新たな価値をつける発想でものづくりをし、それが通用するのか、時代に沿っているのか、問いながら進みたいと思っています」
「それともう一つ。人それぞれに好みは異なりますが、まずはこんなことができますよ、という具体的な解答例を示すことが私たちの役割だと思っています。解答例があったほうがイメージしやすいし分かりやすいですよね。ダークな塗装をはがして木の色を生かしたクリア塗装にするだけでも、家具の印象は大きく変わりますし、そんなことができるんだと知ってもらえることが嬉しいんです。そうして少し認知してもらえるようになったら、使い手が自分で好きなようにアレンジできるヌード家具なんかも提案したいです」
丹精を込めて作られた既存家具の誕生秘話、さらにその家具がどこでどのように使われてきたか、そしてマルニファニシングの職人がどのような想いでどうアレンジを加えたか……。品質やデザインが素晴らしいのはもちろんだが、一つの家具がたどってきたこれまでの物語もまた新たな使い手の愛着につながり、リノベーション家具のユニークで大きな価値になっていくのではないだろうか。
リノベーション家具のこれから
2022年にスタートして約1年が経つリノベーション家具のプロジェクトだが、気になるのは今後の展開だ。家具修理をインフラにするにはまだまだ時間がかかるが、次世代に継承する考え方はスタンダードにしていきたいと考えるマルニファニシング。だからこそ、業界を超えてさまざまな人を巻き込んでいきたいのだという。
「リノベーション家具をスタートしたときも、自分たちだけではなかなか広めることができず、伊勢丹新宿店さんやファッションブランドを主宰する藤井隆行さんの力を借りました。社内から見るのとは別の視点を知ることができ、とても良い経験でした。さらに家具メーカー同士の横のつながりも大切です。日本には歴史ある木製家具メーカーがいくつかありますから、いつか協働してリノベーション家具をもっと広めることができればと思っています」
また、孔雀マークのオールドマルニだけでなく、マルニ木工のほかの時代の家具や他ブランドの家具にもリノベーションの範囲を拡大していきたいと考えている。
「そのときには、何を後世に引き継ぎたいのかをもっと明確にしなければいけませんね。なおす価値のあるものとはどういうものなのか。それを問い続けることは、マルニ木工のものづくりの在り方を考えることにもつながります。リノベーション家具といっても、既存家具がいろんな意味で良いものでないと、時代を超えてはいけないでしょう。なおし甲斐がないものづくりはしたくありませんから」
コロナ禍の2、3年、少し立ち止まって、自分たちがやっていることがどういうことなのか改めて考える時間にもなったと山中さん。現代社会において、家具メーカーが考えなければならない課題はまだまだたくさんあるという。
「たとえばですが、人はそれぞれ体型が違うのにイスがワンサイズしかないとか、“ダイニングセット”と称してテーブルと何脚かのイスをまとめて売るとか、全部メーカー側の都合で効率を追求して生まれた仕組みなんですよね。それって、使い手をないがしろにしていますよね。あと、ミラノサローネ※などの展示会において、表で謳っていることはエコやサスティナビリティなのに、たった1週間使うブース作りのために大量のゴミを出すとか……自戒の念も込めながらですが、疑問に思うことが多々あります」※イタリア・ミラノで開催されている世界最大の家具見本市
「そんな日々迷っていることへの答えがすべてリノベーション家具だとはいえませんが、ひっかかっていることを落とし込めるようなかたちを、試行錯誤しながら少しずつ見つけていければいいなと思っています」
家具をなおして使い続ける思想を啓発するとともに、今の時代にさまざまな問いを投げかけるリノベーション家具。マルニファニシングの新たな挑戦は、未来を切り開くきっかけとなるだろう。
Information
マルニファニシング
▶︎https://store.maruni-furnishing.com/