カフェとポップカルチャーと……北青山界隈で見つけた、東京カルチャークロニクル
街歩きは東京メトロ表参道駅からスタート。国道246号沿いの南青山側から北青山側を眺めながら、歩みを進めていく。道を挟んで反対側から見ることで、何か発見があると思ったからだ。
すると、すぐに朱塗りの山門(1964〈昭和39〉年完成)が見えた。ここは「青山善光寺」で、信州善光寺の青山別院である。近づいてみると、左右には金剛力士像が設置され、裏には風神像と雷神像が見える。境内には幕末の蘭学者・高野長英の碑もあり、幕末史好きにも有名なお寺だ。
地図を見ると、このエリアには複数の寺院があり、寺町を形成している。北青山が静かで落ち着いた雰囲気なのは、この寺院の力があるのかもしれない。
南青山側をさらに歩いていくと、若手経営者の間で有名な銭湯「清水湯」があった。ビルの1~2階が銭湯になっている都会らしい施設だ。
ここ数年、日本ではサウナブームが起こっている。サウナにハマっていると公言する若手経営者や著名人は多く、この清水湯は立地の利便性、最新設備と居心地の良さで、彼らが「ホームサウナ」と支持している施設の代表格でもある。あるサウナ好きの若手経営者は「清水湯の上のマンションを別宅として借り、仕事に煮詰まるとサウナに入って“ととのえて”いる」と語る。ちなみに“ととのう”とは、ブームの火付け役のマンガ『サ道』(タナカカツキ著)で、サウナにより心身の状態が通常とは異なる状態になることを指す表現だ。余談だが、この物件は人気が高く、ここ数年空きがあるのを見たことがないという。
さらに国道246号を神宮外苑に向かって歩いていく。北青山は東西に長い。外苑前駅を過ぎ、イチョウ並木と「聖徳記念絵画館」が見えたところで、国道246号を北青山側に渡った。
いつか、この街を愛犬を連れて散歩したい
全長約300mのイチョウ並木は東京を代表する風景だ。道を挟んで2列ずつ、計4列で146本のイチョウが植えられている。毎年11月中旬~12月上旬ごろには葉が黄金色に染まる。イチョウは形が整えられており、炎が列をなして天に向かって昇っているような美しい風景が見られる。都会的でありながら歴史を感じるこの風景を愛し、この界隈に住む人も多い。このイチョウ並木を愛犬を連れて散歩するのは、ステイタスのように感じる人も多いのではないか。
1988(昭和63)年、並木沿いにイタリアンレストラン「SELAN」が開業(現「キハチ 青山本店」)。道路にパーキングメーターがあり駐車可能なので、都心では数少ないドライブデートスポットとして人気を集めてきた。現在も「ロイヤルガーデンカフェ青山」など、人気店が多い。
高級住宅街としての「キラー通り」
国道246号の北側を表参道方面に戻り、キラー通り方向に歩いていく。すると、多くのグローバル企業の“本社”があることに気付く。「伊藤忠商事東京本社」「日本オラクル本社」などなど。北青山はビジネス街としての顔もあるのだ。
南青山三丁目交差点から外苑西通り=キラー通りに入って行く。ここは70年代にはファッションデザイナーがアトリエを構え、70年代後半には「VAN」や「ニコル」などのブティックがあった。深夜まで開いている中華料理店や、コーヒー店が多く、通好みの街として知られてきた。ダンスミュージックを楽しむクラブも点在しており、デザイナーや若手経営者、芸能人なども多く通っていた。神宮外苑に隣接した環境から、外国人向けの住宅も多く、一本裏に入れば、ヴィンテージマンションや邸宅街がある。
アートと音楽、ポップカルチャーの街
デザイナーが多く住む、通好みのこのエリアが広く知られるようになったのは、1976(昭和51)年の「青山ベルコモンズ」開業からだろう。建築家・黒川紀章設計で、最先端のファッションブランドや飲食店が入った、いわゆる“ファッションビル”の元祖だったが、2014(平成26)年に閉館。
もうひとつのランドマーク的存在が、1990(平成2)年開館の「ワタリウム美術館」だ。現代美術画廊ギャルリー・ワタリの創設者・和多利志津子氏が創設。開館から30年にわたり、多くの美術品を紹介してきた。1階と地下にミュージアムショップ「オン・サンデーズ」があり、展示会のカタログ、芸術書、アートグッズやおしゃれな雑貨を販売している。ワタリウム周辺にはアートブックを販売する書店も点在し、文化的な雰囲気を周囲に醸し出している。
キラー通りから表参道に向かって歩いていく。外苑西通りから表参道へ通じる裏道のような通りは、実は食のトレンドの発信地でもあるのだ。隠れ家レストランや居酒屋があり、特に最近では、食に意識が高い人を魅了する行列店も多い。
シンプルで繊細なパンとコーヒーで知られる行列店「パンとエスプレッソと」や、木材を多用したテラスカフェ「Mr.FARMER 表参道本店」が知られる。昔から界隈で有名な「とんかつ まい泉 青山本店」もこの通り沿いにある。天井が高く、趣がある内装は、かつて銭湯の脱衣所だった建物をリノベーションしているという。
この通りから始まったカルチャーに、カフェブームがある。現在も営業しているのは、ブームの火付け役である「ロータス」だ。1997(平成9)年に、空間プロデューサー・山本宇一氏が作ったこの店は、今までの日本になかった“カフェ飯”やデザートを提供。居心地の良さを重視した内装も好まれ、全国的に知られるようになり、カフェブームをけん引。音楽やアートのイベントも多く、幅広い世代の感性を刺激し続けている。
ところで、カフェがブームに終わらず定着したのは、90年代の表参道周辺に「音がいい」とされるクラブが多数あったという背景もあるのではないか。当時、連日盛況だった有名な“箱(ハコ)”は「青山MIX」「真空管」「オリガミ」「OTO」など。踊った後のチル(休息)のために、深夜のカフェに集まるという文化が根付いたようで、深夜のカフェで気心知れた人と会うという人も多かった。コロナ禍の現在、このエリアの真夜中はコンビニのあかりが煌々(こうこう)としているほかは、静寂に包まれている。しかし、目を閉じると、今も音楽や人のざわめきが聞こえるような気がする。
ラグジュアリーな結婚式の街
このエリアを歩いていると、ウェディングドレスを着た女性の撮影風景や、引き出物の紙袋を持った晴れ着の男女の姿を見かけることがある。界隈が一躍“結婚式の街”になったのは、1998(平成10)年に結婚式場「アニヴェルセル 表参道」がオープンしたからではないだろうか。
それまでの日本の結婚式というものは、ホテルの宴会場を使用し、お色直しは和装と洋装の2パターンをするなど、派手な演出や今となってはどこか気恥ずかしさが残る形式が多かった。しかしアニヴェルセルは海外を思わせるロケーションを設定し、洋装のみも選べる挙式サービスを提供。たちまち女性から支持されて、一時期は“大安吉日は2年待ち”と言われるほどだったという。
2006(平成18)年には「青山セントグレース大聖堂」が開業。他にも、レストランウェディングに対応する施設も多く、北青山エリアは一躍結婚式の街になったのだ。
北青山を歩いていて感じるのは、古い価値観を変えるパワーだ。見慣れたものも、角度を変えたりプレゼンテーションの方法を変えれば、全く新しい何かができるのではないか……というヒントが見つかる。そして、確たるブランドを確立した老舗が、進化を止めないことにも気付かされる。
一流の人が常に鎬(しのぎ)を削っていながら、街は落ち着いていて居心地がいい。街の在りようを、カルチャーを、時代に合わせて柔軟に変えてゆきつつ、常に身近で馴染む存在であり続ける街、北青山。それゆえに、現在も多くの若手経営者や、アーティストがこの街に居を構えているのではないだろうか。
参考文献
港区公式ホームページ
▶︎https://www.city.minato.tokyo.jp/
南青山 清水湯
▶︎https://shimizuyu.jp/
明治神宮外苑
▶︎http://www.meijijingugaien.jp/
日本経済新聞「私の履歴書」コシノジュンコ(15)
2019年8月16日
▶︎https://www.nikkei.com/article/DGXKZO48589390V10C19A8BC8000
駐日ブラジル大使館
▶︎https://www.facebook.com/Brasembtokyo/
ワタリウム美術館
▶︎http://www.watarium.co.jp/
パンとエスプレッソと
▶︎https://www.bread-espresso.jp/
とんかつ まい泉 青山本店
▶︎https://mai-sen.com/restaurant/
ロータス
▶︎http://www.heads-west.com/shop/lotus.html
アニヴェルセル表参道
▶︎https://www.anniversaire.co.jp/wedding/omotesando/
青山セントグレース大聖堂
▶︎https://www.bestbridal.co.jp/tokyo/stgrace_aoyama/