建築家インタビュー

スカンジナビアと日本の感性を見据えた空間が、長く暮らすほどに人生にもたらすもの。
[ 室内設計:OEO Studio ]

スカンジナビアと日本は、遠く隔たった国同士でありながら、どこか共通する美意識をもっているようだ。特に木工家具をはじめとして、クラフツマンシップに基づくものづくりを豊かに発展させたデンマークのデザインは、日本の暮らしに広く浸透している。これからは、そんな2つの文化がより深く融合し、新しい実りをもたらす時期かもしれない。

オパス有栖川の住まいを手がけたOEO Studioは、その役目を担うのに最もふさわしい存在だ。

エントランスホールから望むリビングルーム

わずかに異なる視点であらためて日本を捉える

トーマス・リッケとアンマリー・ブエマンが2003年にデンマーク・コペンハーゲンで設立したOEO Studioは、インテリア、家具、プロダクトなどを中心にデザインを手がける。その活動は世界各国にわたり、日本に関係したプロジェクトも多い。彼らは以前から、日本に魅了されてきたのだという。「私たちはずっと日本にインスパイアされています。ものの背景にある自然、歴史、クラフツマンシップ、そしてクオリティやディテール、まさにすべてにおいてです。東京にあるオパス有栖川の一室を、デンマーク人の私たちが日本的な要素も取り入れてデザインするなんて、不思議に思われるかもしれません。しかし私たちは、スカンジナビアと日本の共通性を意識しながら、わずかに異なる視点であらためて日本を捉えてみようと考えました」

リビングルーム

このアプローチを、彼らは「CROSS-CULTURAL(文化の交差)」と呼ぶ。たとえば日本にもデンマークにもミニマリズムを重んじる価値観があり、その点は親近性があるが、異なる部分もある。2つの文化に精通しているからこそ、彼らはそれらを独自に重ね合わせてオリジナリティあふれる空間を生み出すことができる。

「私たちがCOMPELLING MINIMALISM(魅了するミニマリズム)と表現するスタイルは、OEO Studioのシグニチャーデザイン(特徴的なデザイン)。簡潔でありながら人の心をつかむストーリー性をそなえていて、日本の美意識に近いと思います。その鍵になるのは、素材に宿っている力と、繊細で精度の高いディテールです」

ダイニングルーム

ふたりが説明するオパス有栖川の住まいは、このようにいくつかのコンセプトに基づいて、玄関から室内までが「旅のように」設えられている。ここは、住む人に充実した時間をもたらし、かけがえのない感覚を体験させてくれる場なのだ。まず玄関で彼らが重視したのは、ドアを開けた瞬間、そこが自分の家であり、心地いい場所なのだと感じること。「家とは心の住処なのです」とOEO Studioのふたりは話す。「木、石、タイル、レンガなどさまざまな素材のパレットによって空間を構成しました。日本のものもあれば、デンマークやフィンランドのものもあります。またリビングルームの一部が視界に入るので、その奥へと誘われる気持ちになるはずです」

ダイニングルーム

リビングルームは、ダイニングスペースやキッチンと境界のない広々とした空間で、昼間は窓からの自然光に満たされる。自然由来の要素をふんだんに使い、それぞれにスカンジナビアと日本のクラフツマンシップが確かに息づいている。特に無垢材と天然石は、この住まいの基調をつくるものと位置づけられた。

「無垢材は樹種によって表情が違うだけでなく、1本ごとに個性があります。時間が経つといっそう美しく変化していくように、できるだけオイル仕上げにこだわりました。緑がかった色合いが魅力的な大谷石もところどころに使っています。また大きな存在感のある木のキッチンは、この家のひとつの中心。以前から交流のあるキッチン工房、Garde Hvalsøeが制作したもので、デンマークの1950年代のキャビネットを思わせます。自然素材に対する感覚は、日本とスカンジナビアの国々で共通するところ。空間における生かし方は違っても、素材を尊重する思いは同じなのです」

パウダールーム

ベッドルームやバスルームも、やはり同様の空気感で統一されている。すべてに共通するのは、家具、オブジェ、建具に用いられた素材と色彩のひとつひとつが、長く使われることを前提として慎重に選び抜かれたこと。広い視野でデザインを見きわめて構成していくセンスは、OEO Studioならではのものだ。

「ヨーロッパはもちろん、日本でもたくさんのプロジェクトにかかわり、幅広い人々と交流してきたことが役立ちました。特に京都の工芸家との長期にわたる数々のコラボレーションや、東京のレストランINUAのインテリアデザイン。それらを通して得られた経験が、ここに生かされたのは間違いありません」

OEO Studioにとって家とは、心のバッテリーをチャージするための大切な場所。そして「何もしなくていい」ということは、家だけがもつ価値なのだという。「もちろん家とは、食事し、家族と過ごし、本を読み、眠るための場所です。しかし目的や予定のない時間を過ごせる場所は、家以外にありません。コンテンプレーション(沈思黙考)は私たちが住空間をデザインする時の重要なキーワードなのです」本来、何もせずにゆっくりできる時間を、人々は昔から過ごしてきたはずだ。だからその意義は普遍的なものだと、彼らは説明する。一方で、便利なデジタルツールがいつも手元にあり、仕事とプライベートの境界が曖昧になっている現在こそ、何もしないことの価値が見直されるべきだろう。そうした時間を通して、人は自らの心を豊かに保ち、身近にある本当の美しさや幸せを実感できる。OEO Studioが完成させた、オパス有栖川の新しい住まい。長く暮らせば暮らすほど、この家は人生に多くの恵みをもたらしてくれるに違いない。