「変えないもの」と「変えるもの」
田崎:ブランディングの話になると、10年前のコンセプトが今にははまらないみたいなことはあるじゃないですか。一方で変える必要のないような、スパンの長い構想やデザインもあって、たとえば俵屋さん(京都)のロゴはやっぱりあれだよね、という話になると、アートディレクション的に何もやることないみたいなことになるじゃないですか(笑)。そこらへんの見極めってどうなんですか?
川上:仕事していて、「無理に変えなくてもいいじゃないですか?」と言うことは僕は結構ありますよ。足すところも引くところもないというようなケースもあるから。変えなくてもいいということは、そこに純度の高いデザインや本質的価値が内包されているからで、それはそれでいいのかもしれないけど、一方で次に踏み出すことの大切さや可能性も常に探るようにはします。現状維持だけじゃなくて、次の世代の人たちにも魅力的に感じてもらえるように、少しアップデートすることはありなんじゃないかなって思うから。
浦川:虎屋さんなんかも常にアップデートしていますよね。
川上:虎屋さんもそうだし、400年くらい続いている京都の老舗もそうだけど、保全だけじゃなくて、時代とともに変化を楽しむということも必要なんじゃないかと思いますよね。それは需要する側だけじゃなくて、供給する側の体験価値としても。無理な成長は必要ないけれど、楽しみながら受け継いでいくというのかな。
もちろん、いろいろなケースがありますけどね。少しだけ扱い方を変えるとか、少しだけサイズを変えるとか。あるいはメインのラインナップとは別に、もうひとつ現代にフォーカスしたカジュアルなラインをつくるとか、そういう形でブランドの拡張を提案することもあります。つまり前のものを捨てるという発想ではなくて、生かして発展させるという発想です。それがサーキュレーションですから。
浦川:たとえばロゴの見直しを出発点として、コミュニケーションの変化にまで繋げていくんですね。
川上:アイデンティティのデザインって、「VI」といわれる可視化できる「ビジュアル・アイデンティティ」と「BI」といわれる可視化できない「ブランド・アイデンティティ」という両方の構築が必要なんです。だから「VIは変えなくてもいいけどBIは変えましょう」とか、その逆もあるし。現代とコミュニケーションしていかないと、年配の人には届くけど、その下の人に届かなくなって、未来に続かなくなっちゃうから。
浦川:今回、R100 TOKYOが9年目にしてリブランディングしようということになったのも、立ち上がった当初の社会的背景や、豊かさの定義が変わってきたからです。ユーザー自体も変容しているし、ユーザーとのコミュニケーションもまったく変わってきている。「100平米」という面積的なゆとりや大きさが与える豊かさ以上に、もっと暮らしの質というところに根差したブランディングが必要になっている。
川上:干支の一回りが12年だけど、確実に12年で時代が変わるんですよ。僕はへび年なんですが、一回り上のへび年の人、一回り下のへび年の人と話をしていると、価値観は全然違うから。12年って大きな流れがある一方、ファッション業界に目を移すと長くてもほぼ3~4年で大きく変わる。だからバイヤーは3シーズン見てから評価すると聞いたことがあります。それと僕は幼い頃からサッカーをしていたのでよく思うのは、4年ごとのワールドカップで確実にサッカーのスタイルは変わっている。戦術もそうだし価値観も変わる。その流れやリズムでいうと、4年ごとにロゴを大きく変える必要はないかいもしれないけども、12年に一度はロゴをはじめとするVIの改変は必要なんじゃないかと。マーケットもユーザーも変わっているから。そして、よりトレンドに近い事業をやる人なら、3~4年ごとに変える必要があるかもしれないし、BIの面でも柔軟性を持つ覚悟がいる。そうしないともたないというか、続いていかないんじゃないかっていうのは、時間軸で捉えたときの、僕の肌感ですね。
浦川:そうすると今回ではなくて、この次のR100 TOKYOのリブランディングということになった場合、どういうことが必要になってくると思いますか? つまり2032年の段階では。10年後の人の暮らしや、住環境の変化という点でいうと、まさに田崎さんが取り組まれている事業にも通底するんだろうけど。
田崎:2032年ですか。まあ、日本は地理的条件としてはかなり恵まれているので、それほど大きくは変わっていないかもしれませんが、世界規模で見た場合、とんでもないことになっているでしょうね。環境への意識は社会的にもよりスタンダードになっていると思うので、環境負荷とかライフサイクルアセスメントの観点でいうと、使用できる素材とか工法とか、建築物自体もものすごく制限されている可能性はありますよね。カーボンニュートラルなんかが理解できていないと建てられなくなって、逆をいうと、環境設計できる人が建築物をつくるということになるかもしれません。それができない人はもう手を出せなくなる。それには功罪両方あると思うんです。環境への配慮よりも、美観優先派のザハ・ハディッドのような人たちも個人的には大尊敬していますし、プリツカー賞を取っている建築家のなかにもさまざまな考え方があって、課題解決の創始としての北欧の建築家もいるし、それぞれ違いますね。まあ流れとしては、人ではなく環境を主軸に考えて、人間はどうしたら自然と共に生きていけるかっていう命題がより濃厚になっているんじゃないでしょうか。
浦川:そういう世界にならないともたない感じですね。人類が生き残るためには。
田崎:上場企業はTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の開示を求められるので、環境への責任は重くなっています。それが株価や時価総額に跳ね返ってくるので企業も対応せざるを得ないでしょう。ただ逆転の発想で、新しいデザインが生じるきっかけではあるから、面白いものもどんどん出てくる可能性はあるでしょう。何かしら制限のあるなかでも創意工夫するのが人間なので。たとえばCO2の吸収を考えたとき、 CO2の吸収度が高いといわれる木材を多用したロッジのような住空間が流行るかもしれないし、それはそれでありではないですか。もっとも面白くないものは持続しないでしょうけど。
「100平米」あることで得られるQOL
田崎:シュンさんがつくったこの小屋も、別に大仰なことをしているわけではないけど、自然の中にきちんと調和しているからいい感じになっているわけですし。どの時代でも、人は環境を汲みながら住まいをつくってきたので、それ自体にあまり大きな変化はないと思いますよ。
浦川:環境に関わる事柄がより定量化される可能性はありますね。たとえば環境についての知識がないと一級建築士の資格は取れないということにもなるでしょうね。
川上:デザインの仕方もたぶん変わります。それは今に始まったことではなくて、派手でメタリックな色彩に高級感を感じていたのが、アースカラーに上質さを感じるように変わってきたとか、そういう流れはすでにあったので。車なんかも顕著ですね。僕自身も昔はいわゆる高級車みたいなのが欲しいと思うこともありましたけれど、今はEVとかジムニーとかミニみたいなほうがいいかなとか。クラシックカーもこのところ人気だし、そういう価値観の変換が最近は特に起きているんだろうなと。
家づくりにおいても同様、住空間における広さの再定義も必要だろうし。広くなくてもいいという考え方と、いや広さは必要でしょう、というバイリンガル的な考え方はとても大切だと思う。R100 TOKYOについていうと、「100平米」という量的な価値だけではない本質的価値を伝えていくことが肝心で、「100平米」あることによって生活の中に生じるであろう魅力的な時間やアクティビティとの紐づけが大事だと思います。と同時に、「100平米が一戸あれば十分QOLが得られますよ」というくらい肩に力の入っていない感じもほしい。
浦川:そういう意味でいうと、自分の好きなことをよく知っていて、自分でQOLを設定できる人は、住まいの広さや間取りも設定できることになりますね。100平米も必要ない人にとっては無駄な広さじゃないですか。ただ世界の標準で考えたとき、100平米というサイズは特段広くはないんです。東京においては稀少になっているから、「100平米=広い」とインプットされている方が多いのかもしれませんが、夫婦、あるいは家族4人が暮らしていくときの生理的な感覚として、100平米が広いか狭いかは、一律には断言はできません。
昔は東京の分譲住宅というと、示し合わせたように「70平米3LDK」という規格めいたものがあったけれど、今思うと何を根拠にした数字だったのか分からないところもありますね。誰かが決めたルールやサイズに、自分たちの暮らしをアジャストさせていた部分もあったと思います。だからQOLから逆算して積み上げていった場合、どれぐらいのサイズが必要になってくるかは異なるんですね。もちろん経済的な条件が絡んでくるわけですが。
田崎:シュンさんのこの小屋、何平米なんですか?
川上:ここは10平米以下で、母屋がちょうど70平米。
浦川:10平米というと、リビタがサービス提供しているシェアハウスの一室より狭いんだけど、ここはガラス張りだし敷地が広いから狭い感じはしませんよね。
川上:僕がやりたかった薪と音楽と、静かな空間がコンパクトながら得られているかな。そのうえ建築申請がいらないサイズ。
田崎:十分ですよね。
川上:きっとマンションでも100平米あれば、このくらいの10平米以下の個人的な空間はつくれるだろうし、サウナ部屋(笑)、ヨガルーム、シアタールーム、自転車部屋でもいいし、ミュージックルームでもいい、趣味のための空間利用ができますよね。そういう趣味嗜好にフォーカスした部屋づくりがもっと提案されてもいいかもしれないですね。自分の暮らしの時間をより豊かだと思える空間って非常に価値のあることだから。
多様性を最大限汲み取っていく
川上:もう一度、京都に小さな拠点を持ちたいという気持ちがふつふつと湧いてくることもあって。今度は購入する形でね。コスパの話じゃなくて自分の生活時間の質やリズムを問うた場合、ホテルじゃないかなと思うし。もちろん無駄遣いにならないお金の使い方をしたいから、ファイナンス的な価値にも適うならば、ちゃんとしたタイミングで購入しておくのはいいかなと思います。東京、軽井沢、京都と多拠点に広がっていくのはお金の流出ではなくて、あくまでも循環している感じ。売るタイミングが来たら手放すということをすれば、賢いというか、いいお金の使い方になるし、かつ豊かな時間を増やすことができるからね。京都であればいいかなって。
浦川:ライフタイムの中で、自分に最適な場所なり空間なりを選択肢できるというのは、働き方の自由度がぐっと上がったことにもよりますよね。ここにいなきゃいけないとか、これじゃなきゃいけないというフレームから出ることが可能になれば、暮らしも多様化する。そうすると「東京にいなくてもいい」という人と、「望まないけど東京にいる」という人と、「東京にいたくている」という人と、何層かのグラデーションができますよね。
川上:そう思います。いくつかの価値観が混ざり合うんじゃないですかね。
田崎:でもやっぱり東京はいりますよね(笑)。
川上:僕も東京生まれだから、東京はいると思います。軽井沢は文化的な豊かさもあるし、いわゆる田舎ではないけれど、やはりここだけではつまらない部分もある。都市と自然がフィフティ・フィフティというのが理想かな。妻は軽井沢だけでよくなってきているみたいだけど。
浦川:私は湘南エリアに住んでいるのですが、最近は週2回くらい東京に行っています。やっぱりその程度は行かないと感性の面でだめかなと思うことはありますよね(笑)。
田崎:以前聞いた話ですが、グーグル社がベイエリアにオフィスを移したあと、出すコンテンツやプロダクトがヒットしなくなったっていう。スタッフがみんなマウンテンビューの環境で仕事していたら、都市の空気感とかトレンドに疎くなってしまったということで、本部機能を街中のオフィスに戻したらしいです。アーバンにいない場合は、よっぽど自身が能動的でないとクリエーションは難しいですよね。
川上:そうだと思うよ。だから両方あるのが健全なんだと思う。
浦川:たとえば都市部に本拠地を持って、地方に小さな家を持って、週末ごとに地方で過ごすとか、そういうヨーロッパ型の社会みたいなものはひとつの理想でもありますよね。
川上:都市部以外での生活は多様性があまりないかもしれないけども、別に多様化しなくてもいいし、たとえば夜8時以降はお店が閉まっているとか、ある程度リズムが決まっていたりする。一方、東京にいると、多様なライフスタイルや生活リズムがあるでしょう。だからそれに伴って住まいの多様性も求められる気がする。仕事部屋とか、日中でも眠れる部屋とか、ゲストルームとか。都心型の住まいの設計やサイズのほうがバリエーションは必要でしょうね。
浦川:それとリモートワークが進んで移動がなくなった分、可処分時間が増えている人は多いはずなんですよね。なかにはその余暇の時間に何をしたいのか迷いはじめる人もいるようですが。かえって移動時間が貴重になった感じはします。その時間をどう有効に使うかということで。
川上:移動時間の価値観も変わりましたよね。以前は寝るか本を読むかみたいな感じだったけど、スマホとかパソコンとかiPadがあって、イヤホンなんかしてれば自分の世界にどっぷり入れるから。ひとつのメタバース。
田崎:新幹線なんて最強のオフィスですよ。ある意味いちばん集中できる(笑)。
浦川:ここでのシュンさんの暮らしは、びっくりするくらいシンプルですよね。モノも極めて少ないし、家族3人の物量とは思えない。東京にも住まいがあるからかもしれないけど、奥さんと娘さんはここが拠点なわけだし。
川上:ここでの僕の私物はスーツケースが1~2個ですね。
浦川:すごい身軽さ。
川上:基本的にモノをなるべく減らすようにしています。オフィスもそうしたいし。物質的なものは少なくして、モノから解放されたいとは思っています。あとはちょっと宣伝になるけど、山本憲資君のやっているサマリーポケットに預けていたり(笑)。
浦川:その考え方があれば、100平米のうちの収納スペース10平米分は節減できるんですよね。『365日のシンプルライフ』というフィンランド映画で、1日1個ずつ本当に必要なものだけを倉庫から取り出して、自分にとって本質的に必要なものは何だったのかを知るという作品があったけど、そういうマインドが大切な時代になっていると思います。
川上:今回、さまざまな話題が出たけど、「あなたにとってのQOLは何ですか?」というテーマで、いろいろな人にヒアリングしてみたくなりましたね。クリエーターはもちろん、料理人とか音楽家とか。彼らの多様な価値観から、きっと今、住まいに求められているさまざまな要素が浮かび上がってくると思います。複数の軸を持つ人もますます増えているし。
浦川:今までは本質的に自分が何をしたいかを知っていて、それを実践している人たちって、マジョリティではなかったではないですか。そういう意味では、平均的ではない人たちが活躍できている、面白い時代になってきたという気はしますよね。
川上:そうですね。だから何か固定化された価値観を押し付ける印象をR100 TOKYOには持たせないほうがいいと思うんです。いろんな価値観を可能な限り汲み取っていきたいというのが、ブランドの姿勢としてあったほうがいいのではないかと。
浦川:そうですね。R100 TOKYOのパーソナリティやエクスペリエンスも含めて、そのあたりはきっちり語っていきたいですし、体現していきたいです。
profile
1977年東京都生まれ。artless Inc.代表。2001年artless Inc.を設立、グローバルな視点でグラフィックから建築空間まで、すべてのデザイン領域における包括的なブランディングとコンサルティングを展開。カンヌ国際広告祭金賞、iFデザイン賞、NY ADC賞ほか、国内外で受賞多数。また、グラフィックアーティストとしてアート作品を発表するなど、その活動は多岐にわたる。
▶︎http://www.artless.co.jp/
profile
株式会社KANDO代表取締役。クリエイション・リベラルアーツ×サイエンス・テクノロジー×ファイナンス・ビジネスを三位一体にし、ディープテックの社会実装と人文社会学を融合させた事業を開発する「Envision Design」を実践する。アートプロジェクトは、彫刻家・名和晃平氏との共同プロジェクト「洸庭」、HYUNDAIコミッションワーク「UNITY of MOTION」、東京工業大学地球生命研究所リサーチワーク「Enceladus」、荒木飛呂彦原画展「AURA」など。
▶︎http://kando.vision/
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株式会社リビタ R100TOKYO事業部 部長。1973年東京都生まれ。繊維商社勤務ののち、不動産業界へ転向。自身の住まい購入がきっかけとなりリビタと出会い、入社。一棟リノベーション事業や個人向けリノベーションコンサルティング事業など、住まい購入に携わる部門を歴任ののち、R100 TOKYO事業へ参画し、指揮を執る。
▶︎https://r100tokyo.com/