「日本の伝統を活かしたデザイン」「まったく新しいインテリア」など、さまざまな称賛の声が集まる「GINZA SIX」のインテリアデザインを手がけたフランス人、グエナエル・ニコラ氏。1991年に来日して以降、日本を拠点に活躍する彼はどのような思いをもって日本で活動しているのだろうか。また日本人のライフスタイルはどのように写っているのだろうか?
ーーニコラさんはGINZA SIXやアパレルブランドの店舗デザインなど、商業施設を数多く手がけられています。一方で、ご自分のアトリエ兼住宅をデザインされていますが(2005年)、2011年に住居をマンションに移されましたね。マンションのインテリアもニコラさんがデザインされていますが、住まいに関する考え方は変わりましたか?
アトリエをデザインした当時は、仕事とプライベートをつながりのある、シームレスなものにしたいと考えていました。仕事をするときには壁を作らず、働くスタッフがコミュニケーションをとりやすいことが大切です。それは家族も同じで、いつも顔を合わせて話せるような環境を意識しました。
ーー階段ではなくスロープで上下したり、ガラスの壁は向こうを見通せたりと個性的なデザインでした。
子どもの友達はスロープを見て大喜びでしたね(笑)。部屋にこもるより、オープンな場所で遊んでほしいし、その点はよかった。アトリエを見に来る人には「こんな働き方、暮らし方もあるよ」と提案することができた。スタッフが増えて手狭になったので、いまは全部アトリエにしています。いまでもコミュニケーションをとりやすい、働きやすいアトリエだと思います。
「間取り」に束縛されない「自由なデザイン」で広がる可能性
ーーいま暮らしているマンションのデザインはアトリエとは違うアプローチですか?
アトリエ兼住居のライフスタイルを経験したので、次のステップを考えました。アトリエは個性的なデザインで、誰にでも提案できるものとは少し異なりますよね。今度は、見た人が「こんな家に自分も暮らしたい」と思えるような、新しいスタンダードになるような暮らしの提案をしたいと思いました。
ーー新しいスタンダードとは、どういうことですか?
日本では、マンションを造るときに「nLDK」という言い方をしますよね。ずいぶん前から「nLDK」的な考え方から脱却しよう、といわれながらも、まだ変わっていないように感じました。ベッドルーム用の部屋、リビング用の部屋というように限定するともったいないでしょう?(笑)。暮らす人によって、いろいろな使い方があるはずだし、もっと自由に暮らしていいと思うのです。だから、自分の家は制限を作らず、壁をできるだけなくしました。照明のスイッチやドアハンドルすらもなくして、シンプルにしました。天井が高くなくても、空間は広く感じるし、いろんな使い方ができるのです。いま私たちがいる場所は家族で集まったり、食事をしたり、来客時に過ごす場所ですが、廊下を挟んで反対側には寝室や子ども部屋があります。廊下で部屋同士をつなぐという考え方をなくし、使い方によって分けています。
ーーいま座っているソファも、落ち着きますね(笑)。
これはオリジナルのソファです。もともと日本は畳が中心でしたが、寝室にもリビングにもなる、何にでも使えましたよね。それに普段はコンパクトな部屋だけど、ふすまを開ければ広い空間になる。限られた空間を最大限活用できる機能的な造りです。このソファはちょうど四畳半くらいの大きさなのですが、家族みんなが座って会話できるし、寝転がってテレビを見たり、友達とお茶を飲みながら話すこともできます。このソファひとつあれば、あとはなにもいらない(笑)。だから部屋は広く使えます。壁を作ったり、家具をたくさん並べる必要はないのです。
インテリアはライフスタイルに合わせてデザインするのが当たり前
ーー他の家具もオリジナルですか?
逆に、なぜ作らないのですか?(笑)。インテリアを考えるときに、どこかの雑誌に載っていたような、他の人の家で見たことがある家具を並べたり、カタログから選ぶことが当たり前なのかな?と違和感があるのです。ライフスタイルは人それぞれだから、その人にとっていいもの、カタチ、素材があると思います。
たとえば、旅行でホテルに泊まったとき、「この部屋いいなあ!」「こんな部屋に暮らしたい!」と思ことがありますよね。やはり空間は大事だし、本当にいい気分にしてくれる。でも家に帰って自分の住まいを見るとがっかりして、あのホテルはよかったよね、と思うと悲しいでしょう? いいホテルを思い浮かべると、ベッドや家具、照明、時には食器やドリンクもオリジナルで作られている。まさに「その空間に合ったもの」がデザインされているということ。
毎日暮らす家が、そうあってほしいと思いませんか? だから自分の家をデザインするときにはシンプルだけど快適な空間にしたかったし、自分にとって気持ちのいいものにしたかった。キッチンは落ち着ける黒にして、素材は手触り感のある素材を選んだり、お風呂もダークなトーンにしてゆっくりとリラックスできる空間にしたのです。この家を見た人が「自分ならこういう空間にしたい」と考えるきっかけになってほしい。
ーーいま、マンションリノベーションのデザインをされていると聞きましたが、そこでもオリジナル家具を作るのですか?
200平米を超える広さのリノベーションを手がけているのですが、その空間にあったソファやテーブルをデザインしています。家具をはじめオリジナルアイテムは20を超えるんじゃないかな? いま座っているこのソファは「人が集まる島」だと思っていて、その部屋にも、くつろげるソファの島、食事や勉強のデスクにもなるテーブルの島を作ろうと考えています。また、それだけでなく新しいお茶セットも考えています。
ーーどんなお茶セットですか?
京都の老舗や職人の方々に声をかけて、茶筒や茶器を入れるカゴ、ふろしきを作っている最中です。どこも伝統あるブランドや職人の方なのですが、こちらからは「白と黒」「斜めにカットしたデザイン」とだけ伝え、その後はある程度お任せしています。自由なアイデア、優れた技術が合わさって、とてもいいものが出来そうですよ。
ーーオリジナルで何かを作るときは、プロジェクトごとに考えるのですか?
いいえ、いつも「実験」を繰り返していますよ。たとえば、いまはアトリエでTシャツを使ったランプシェードを試しています。和紙やガラスを加工した、床や壁に使いたいサンプルもあります。いろいろなアイデアを実際に作ることで、経験として積み重なりますし、発見があります。プロジェクトの話があったときに「あのアイデアを今回使えそうだ」とマッチングさせるのです。家具や素材だけでなく、アーティストの作品もよく見ますよ。ここにどんな絵を掛けたらいいだろう、どんな彫刻を置いたらいいだろうと考えたり、この壁にぴったりな作品を、あのアーティストに依頼しよう、といったアイデアにつながります。
これからもずっと「豊かな暮らし」の実現に役立ちたい
ーーデザイナーとして、なにかをデザインすることだけにとどまらず、もっと大きなスケールで考えているんですね。もはや自分がデザインすることに、こだわりはない?
昔は「自分がすべてデザインする」くらいに思っていましたね(笑)。経験を積んでいろんなことを学びました。かつては携帯電話をデザインしましたが、いまはスマートフォンをデザインする余地って少ないでしょう?(笑)。それより、もっと人の暮らしがよくなるようなデザインがしたいというか……。インテリアをデザインするときに、家具や壁、床を選んで終わりじゃないし、家具だけデザインしても意味がない。空間全体を考える必要があって、いろんなレイヤーが重なってきます。リラックスする場所はここに作ろう、この壁に絵をかけたらどうだろう、といろいろ考えます。もはや自分がデザインする、ということに収まらないのです。
ーーデザインという仕事がより広がっているのですね。今後、どのような仕事をしたいと思っていますか? 25年以上東京に暮らしていていますが、将来、どこに暮らしたいですか?
この先も、いまと同じように仕事をしていたいですね。東京は新しいことを「やってみよう」「見てみよう」と受け入れてくれるのが魅力です。きっと、できないことはないのでは?と思うほどです。ヨーロッパではそうはいかない(笑)。この先もずっと東京に暮らしたいですね。おこがましいですが、日本の、東京に暮らす人たちの暮らしをもっと豊かにしたいと思っていますし、ちょっとでもその役に立てるなら幸せです。
profile
1966年生まれ。フランス出身。E.S.A.G(パリ)インテリアデザイン学士号、RCA(ロンドン)インダストリアルデザイン修士号取得。1991年に来日しフリーランスのデザイナーとして活動。1998年に個人事務所キュリオシティ設立。家具やゲーム機器、携帯電話、化粧品などのプロダクトデザインから海外ファッションブランドの店舗デザインまで幅広く手がける。国内ではGINZA SIX(2017年)のインテリアデザインを手がけた。
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