建築家インタビュー

二俣公一によるオパス有栖川コンセプトルーム、その心地よさの秘密。
[ CASE-REAL:二俣公一 ]

商業施設や個人住宅の設計から、インテリア、家具、日用品のデザインまで。二俣公一は常に揺るぎない姿勢を貫いて活動している。最上階のコンセプトルームは、都心とは思えないほど広々とした空をバルコニーから望み、室内は、屋外の環境とリンクするように、自然を感じさせる手仕事をふんだんに取り入れている。住まいを構成するあらゆる要素に配慮し、暮らすことの新しい豊かさを提示した空間が誕生した。

CASE-REAL:二俣公一

いつも自然を感じながら暮らすには

「この物件はオパス有栖川の最上階にあり、かなり広いL字型のルーフバルコニーがあります。リノベーションの前に現地を見て、このテラスをどう生かすべきか、テラスに向けて室内がどうあるべきかを考えました」

二俣氏が今回のプロジェクトの主題としたルーフバルコニーは、リビングルームからダイニングスペースまでを取り囲むように位置している。バルコニーだけでも大人数で食事するのに十分な広さがあり、植栽を楽しむこともできる。こうした場のあり方から、浮かび上がったキーワードは「自然」だった。

「空を感じるのと同じように、自然を感じる環境を室内につくることはできないか。そこから、土に包まれる空間をまず思い描きました。ちょっと洞窟のようなイメージです。すると都市に住みながら、自然の中で暮らすような気持ちでいられる。都心と地方の2拠点生活もいいのですが、それとは違う快適さが提示できると考えました」

バルコニー

こうしたコンセプトから、室内を構成するのに多用したのは左官仕上げと天然木だ。左官の色合いは独特のベージュ系で、どこか土を思わせるテクスチャーとした。壁と床の境目の巾木や、壁と天井の間の見切り材も、左官の色合いをふまえた木を用いている。フローリングはオーク材でそれぞれに自然との結びつきを重視した。

「左官は壁から天井まですべて同じ色合いとテクスチャーで、あまり荒く仕上げず、磨きをかけて平滑にしました。手仕事の跡が残る仕上げは、光の加減によって表情が移り変わります。色は少し黄土色に近いベージュ。事業主 のみなさんとも検討を重ねて決定しました。開口部の木枠は50mmほどの幅があり、見切り材は大きなアールを描くように用いたりと、左官材の雰囲気に合わせて有機的なディテールをつくっています」

ダイニングルーム

リビングルームとルーフバルコニーとの境界には約50cm程度の段差がある。この高さの違いを、どのように前向きに生かすかを考え、二俣氏はあるアイデアをひらめいた。

「高低差に対して単に階段をつくるだけでは、外と内のつながりがうまく行かないと思いました。だから開口部の下に120mm厚のベンチのようなものをつくり、座ってもいいし、小物や本を置いてもいい、自由な場所にしたんです。ここはバルコニーと同じ高さなので、室内に外からの空間的流れをつくります」

「またルーフバルコニーとリビングを仕切るため、既存のアルミサッシに加えてスモークガラスの引き戸をつけました。日本の障子のイメージも重ねています。住む人が自分の手で引き戸を開閉することで、外部との繋がりや光の加減を調整できる。完全に閉じると、部屋のスケール感をキュッとダウンさせられます。こうしたことをアナログで行うのはどうか、という提案なんです」

夜間に引き戸を閉じ、サッシと引き戸の間の照明を灯すと、行燈のようにぼんやりとした光を屋内外で楽しめる。

リビングルーム

機能をきっちり積み上げていくと装飾はいらない

二俣氏がこれまで手がけてきた個人住宅では、室内に白やグレーを多用したものが少なくない。それらに対して、このコンセプトルームではベージュの左官材とフローリングのオーク材の間の色や質感のグラデーションで空間が構成された。

「ニュートラルな状態を重視するのはいつも同じです。そこから白を選ぶこともありますが、この物件は外部や光との関係からしっかりと手をかけたほうがよく、左官が最も適していました。またオパス有栖川はアプローチから館内まで相当の量の石が使われています。その点もリンクしているのです」

ベージュの左官壁とオーク材のフローリング

この新しいコンセプトルームにおいて二俣氏は、さまざまなスケールからそこに住む人の暮らしを想定し、具体的に形にしてきた。彼の話を聞くと、それが細やかで気の遠くなるようなプロセスだったのがわかる。

「僕がいつも考えているのは、必要なものや機能をちゃんと積み上げていくと、無駄ひとつないデザインとしてすべてが生きてくるということ。意匠的な装飾をプラスしなくても価値をもつんです」

そんな緻密な「積み上げ」を、効率やスピードのために省いたとしても、人が住む場所をつくることはできる。しかしそこに、本質的な豊かさが宿るだろうか。

「要素が多いから豊かだとは言えないとしても、あまりに合理的な空間は住みにくくなってしまいます。人間はそれほど合理的ではないと僕は思うし、いろんな好みや課題が混じり合っているのが生活ですよね。住空間には、こんな状態を受け入れる余白がほしい」

都心にいながら自然を感じて過ごせる住まいには、二俣氏のデザイン・フィロソフィがすみずみにまで生かされた。それは理想の暮らしのイメージをきわめて自由に、誰にとっても心地よいものへと広げてくれる。