COLUMN R100 TOKYO Life  > ミラノサローネ2014後編「日本のこれからのライフスタイルを考える」

salone2_2

ミラノサローネ2014後編「日本のこれからのライフスタイルを考える」

ミラノサローネ2014前編「世界最大規模の家具見本市に見るインテリアの潮流」」はこちら

相澤:サローネのような"世界の潮流"を見て、感じて、日本のライフスタイルとの違いや足りないものを感じますか?

角谷:サローネはまさに「世界の潮流」であって、なにも「イタリアデザイン」に限ったものではありません。マルニさんやカリモクさんのように日本からの出展もありますし、それらを作り出すデザイナー達は世界中からメッセージを発信している人達です。

salone1_11

maruni

以前、富山県総合デザインセンターの所長を務めていらした、故 黒木靖夫さん(元SONY取締役)とお話しさせて頂いた折に、おっしゃっていたことを印象深く覚えています。
「ミラノデザインはセリアAと同じなんです」「プレイヤー(デザイナー)達は世界中からやって来る」「サッカーではロナウジーニョ、ロベルトカルロス、ジタンetc…、デザイン界でもスタルクはフランス、ジャスパーはイギリス、深澤さん、吉岡さんは日本、スタープレイヤーも皆世界中からやって来るのです」「では、何故それがイタリアなのか?それは企業、職人、それにミラノという街が、イタリアという国が、それを受け入れる価値観、キャパシティがあるからでしょう」
僕がいつも言っていることですが「戦後70年、私達の国はあまりに視覚から得る感動を軽んじすぎた」のだと思います。精神論の延長に始まり、機能性、利便性のみを重視してしまってきたツケがまわって来ていると感じるのです。

salone2_5

多様な感性を受け入れる風土が遊び心あるデザインを生むのでしょうか。

相澤:機能性や利便性、つまりスペック一辺倒でない、多様でパーソナルな感性に基づく価値感やその追求があって然るべき、ということですね。
日本のライフスタイルに対し、今後どのような価値を提供すべきと考えますか?

角谷:先ほどの話に続きますが、私達の国よりも少し早く成熟を迎えた欧州の国々は、人々の暮らしの中で、何が大切かをしっかり考え続け、今となってはそれが当たり前となって、社会にしっかり根付いているのだと思います。(…日本は戦下で多くを失い過ぎたからなのか? いえいえ、この国はずっと失ってはまた作り続けてきたはず…)こんな風にいいますと風当りは強いかと思いますが、欧州の街は王様が最初に作っていますから、街全体が王様のモノとして、それはもうしっかりデザインが統一されている訳です。そんな街で皆誇りを持って過ごしてきたのですから、当然美意識も高い。
それにくらべ、日本は素人が好き勝手に、流行に乗ったまま、思いついたままに作り続けてしまった。アンチテーゼを称える「暮らしのプロ」も本当にホンの一握りの方しかいなかったように思います。また、そうした方々もマスマーケットとは距離があり、専門分野の域を越えなかったように思います。
この先、プロフェッショナルは自己満足をほどほどに、しっかりと庶民の暮らしを考えてもらえれば、と勝手に希望を持っています(笑)。

相澤:ミラノの車中でも「いま必要なのは美意識の変革!」とおっしゃっていましたね。

角谷:「欧州の暮らし」と「日本の暮らし」の最も大きな違いは、「暮らしに求めるプライオリティ」なのだと思います。
欧州の人々の価値観を垣間見ていますと「美しいコト」「格好良いコト」の優先順位が、強いて言うなら最優先。利便性を差し置いてもそれを取る、といった姿勢を感じます。
分かり易いトコロでは車や家電もそうですね。フィアットは壊れるけども、やっぱり格好良い訳です。で、それをチョイスしている人達を沢山街中で見かけるのです。あちらの冷蔵庫にはチルド機能もドア前面の液晶パネルも存在しません。けれどやっぱりデザインは格好良いんです。

相澤:ホテルで目にしたシーンが重なりました。素材の独特のしなやかさが心地よいソファでしたが、座るたびにクッションがすぐへたってしまう。それをスタッフがさりげなく、こまめに形を整えてまわる。管理効率よりも、スタイルや居心地の良さ、感覚を大切にした場なのだな、と。

角谷:インテリアに目を向けると、金属製の建具枠の見付(正面から見た幅)なども、これでもか!と言わんごとく、細く細くデザインされているのです。デザインに疎い日本は、それらの価値観に気づかないで来た…障子戸の格子や襖戸の襖絵にあんなにも細心な造形美を見たのは、もう昔話です。
蛍光灯の煌々とした灯りに価値を見出すのも日本の特色です。デンマーク、ルイスポールセンの照明器具をご覧になってみてください。直接光源が見えないように工夫されています。もちろん、器具そのものも美しいデザインが施されています。日本はその辺りを軽んじ続けてしまった。

salone2_2

ルイスポールセンの照明

北欧スウェーデンでは「美しく暮らす権利」が法律で定められているのです。極端かもしれませんが、日常生活にそんな美意識が生まれないかぎり「SONYのデザインがもう一度Appleを超えるコトは無く、TOYOTAがFIATのような心躍るクルマのデザインを作り上げるコトは出来ない」そんな風に思うのです。自分が毎日座る椅子に美学を持てない人に、何故そんな素敵な造形が出来ますか⁉

以前、自社の広告物に白洲正子さんの著書にある「美しければそれでいい」といった言葉をお借りした際に、エンドユーザーさんや若い同業者の方から「建築稼業が何を無責任なコトを言う!」とお叱りを受けたのですが、そのときに感じた違和感は忘れることがないですね。まさに既成概念の限界値を物語るようなものです。
僕の私見としては、いまも「白洲さん、おっしゃる通りですね」と揺るがない訳です。建築屋、造形屋の商業屋の立場として「美しくなければ意味が無い!」、「ワクワクしなけりゃはじまらない!」、ここんトコロは譲れないぞと勇気を奮っているのです(笑)。

相澤:敢えて、ですね。日々感じる美しさ・こだわりの積み重ねが、日常を豊かにする。これは角谷さんたちと既に作り上げたコンセプトルーム(ルクラス代官山)でも表現されていると思います。

salone2_3

ルクラス代官山コンセプトルーム

サローネでは、いろいろな国・ブランドによる、プロダクトや空間、さらにはこれらを包含するライフスタイル提案を多く体感しましたが、注目を集めていたプレゼンテーションには徹底したこだわりがあり、それが心に響くというか、ある種の高揚感をもたらしてくれたように思います。

salone2_1
角谷:「デザイン」「おしゃれ」「格好良い」なんて言葉は、どこか軽々しくて、軽薄に受け止められてしまうこの国ですが、それはそのまま「感性」「感受性」に繋がっていくモノだと思います。
欧州の国々を見て歩いても、日本よりも繊細な国を感じたコトはありませんでした。食文化を筆頭にファッションセンスも素晴らしいと思います。
ただ、コト住文化になると何故にこんなにも乏しいのか?プロ達の知性が乏しいのか?ユーザーの感性が乏しいのか?
けれど、楽観主義者の私は「必ず皆に分かってもらえる時がくる」と信じて疑わないのです。こんなにも心躍るモノを、こんなにも繊細な人達が沢山いる国で伝わらない筈がありませんね。(笑)
これからです。これからが「美意識の変革期」ですね。

*************************

角谷茂 (五割一分 代表)
五割一分(ゴワリイチブ):1972年 設立。2004年 社名を五割一分とし、富山市磯部町に新社屋・ショップを開設する。2013年 東京・神田神保町に 51% Tokyo を開設。最近では、企業・住宅メーカーの空間・インテリアコンサルティングなども手掛ける。

相澤佳代子(リビタ R100TOKYO シニアディレクター)
「ルクラス代官山」の企画に携わる。今回、リビタのメンバーと共にミラノサローネへ出向いたリアルな体験を企画に生かすべく奮闘中。
*************************

最近のコラム
ページトップに戻る